ホロヴィッツの夕べ
小枝の教訓:天才は真似出来ないが、秀才なら真似が出来る…かもしれない
 
 この本を読んだのは、小枝がピアノの発表会で、思いっきり失敗したことがきっかけです。

 何か、わけわからない!?ですよね。

 ホロヴィッツと言えば、誰もが認める20世紀最高のピアニストの一人です。
 何故、そのホロヴィッツのせいで、ピアノの発表会でミスってしまったか…。事のてん末は、以下の通りです。


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 最近事情でちょっとお休みしていますが、少し前まで、計五年間くらい、私はピアノを習っていました。その教室では大人のためのピアノの発表会があるのです。
 
 ある年のピアノ発表会のこと、私は、ショパンのワルツOp.69,No1「別れのワルツ」を弾くことにしました。シンプルだけれど、深いセンチメンタリズムにあふれた、何回弾いてもあきない曲です。
 普段は、自分の自己満足的な楽しみでピアノを習っているわけなのですが、とりあえず発表会なのであまり聴き苦しい演奏も出来ません。先生のアドバイスを伺って自分なりに曲想も練り、発表会当日には、勿論暗譜も完璧。緊張しても大丈夫なように、手が勝手に動くくらいに弾き込んでおきました。

 「ホロヴィッツ、いいよ。一度は聴きなよ。」
 人から勧められて、私が初めて、ホロヴィッツの演奏を聴いたのは、かなり以前、私がピアノを習い始める前のことです。私は、大人になってからピアノを始め、その前は、音楽に関しては、リスナーオンリーでした。

 何、これ!ホロヴィッツの演奏は変わっていました。
 勧められて聴いたホロヴィッツの演奏ですが、私は違和感を感じました。  普通と違うということが、天才と言われた所以なのでしょうが、私は何だか落ち着かない気持ちになってしまい、ちょっと苦手に感じてしまったのです。

 その後、趣味でピアノを始め、今まで聴くだけだったピアノ曲の楽譜を実際に見るようになって、私が感じた違和感の謎が解けました。
 ホロヴィッツの演奏は、楽譜と違うのです。他のピアニストの演奏と違って聴こえても当たり前だったのです。ジャズ・ピアニストのように大胆にアレンジするのではなく、微妙に変えているので、余計小さな違いが気になってしまうのだと分かったのです。

 そういうわけで、ホロヴィッツの演奏があんまり好きになれなかった私は、彼のCDを我が家のCDラックにしまい込み、取り出すことはなくなってしまっていました。

 そして発表会ですが…。
 私は、自分でも練習するだけでなく、上手なピアニストの技を真似ようと(勿論真似出来っこないですが、気分だけでも盛り上げようと)何度もCDを聴いてイメージをふくらませるトレーニングをしていました。そんな時に便利なのが、本当に模範的演奏をする、アシュケナージのCDです。「模範生」だなんて、馬鹿にしている聞こえますね。落ち着いていて、温かみのある彼の演奏が私は大好きです。ともかく、ロックバンドのコピーをする文化祭前の高校生みたいに、何十回もアシュケナージの演奏を聴いて勉強しました。

 ところが、そんな発表会の前日、私は、ふと、彼のCDにこの曲が収められていることを思い出しました。
「ホロヴィッツはこの曲をどう弾いているんだろう?」
という好奇心にかられ、本当に久しぶりに彼のCDを取り出しました。

 その感想は、再び「何、これ!」でした。この人、間違ってない!?楽譜と違うよ。私は、彼の演奏のどこが楽譜と違うのかを確かめようと思い、わざわざ楽譜を見ながら何回か聴いてみました。なるほどなあ、などと思いながら…。

 そして、発表会当日です。滑り出しは上々でした。ところが、ある箇所にきた時、自分の弾いている音が本当に正しいかどうか、突然分からなくなってしまったのです。
次第に私は混乱してきました。そのため、途中から、演奏はめちゃくちゃ。しばらくたって、何とか元のペースに軌道修正しましたが、終わった後は悔しい気持ちでいっぱいでした。先生は、良かったわよ、となぐさめてくれましたが、やっぱり納得いきません。
 素人の発表会でも、やっぱりうまく弾きたいものなのです。

 その時は、急に自分の音が正しいかどうか分からなくなった理由が分かりませんでした。やっぱりあがってたのかなぁ。 
 しばらくしてはっと気付きました。そう!前日聴いたホロヴィッツの演奏が耳に残ってしまい、自分が練習した音とどちらが正しいか、分からなくなってしまったんだ!
 その時私は悟りました。
 「耳で覚えたことって、ものすごく脳に強力にインプットされるんだ。」

 私は、そんなに音感が優れているわけではないと思います。
 小さい頃からピアノをやっていた人のように、きちんとトレーニングもしていません。耳コピをして自分流にアレンジしたりといったことは全然出来ず、楽譜を一生懸命正確に弾くのがやっとです。その私でさえ、耳から覚えた音の方が、日頃の練習より、たとえそれが一瞬であっても強力に脳に残るのです。
 これは大きな発見でした。
 それにしても、失敗を他人のせいにするのは、いけないですね。

 それをきっかけに、この超個性的なピアニスト、ホロヴィッツがどういう人なのかが知りたくなり、このバイオグラフィーを探してきました。

 そして、この本を読んで、ホロヴィッツが何故「違う音」を弾いているかという謎が解けました。彼は、何と、自分のことを「作曲家」だと思っていたのです。作曲だから、勝手に音を変えて弾いていい、というのが彼の論理です。 なんというオレ流。あの新庄選手だって、到底真似出来そうにありません。
 彼は、クラシックの曲を勝手にアレンジして弾いているのです。二度と同じに弾かない、だってあきちゃうから、というのが彼のポリシーなのです。

 この個性のせいで、彼はクラシック界に熱狂を巻き起こしたのですから、文句をいう筋合いはありません。でも、この世のどこにホロヴィッツを「作曲家」だと思っている人がいるでしょうか?彼は、どう考えても「ピアニスト」です。しかし、そういう大勘違いも、天才がすると、何だかカワイイというか、憎めない気がします。偉大なピアニストがぐっと身近に感じられてさえきます。

 話は変わりますが、ピアノを弾くには、イメージと違い体力が必要。
 はっきり言って、ものすごい筋力と、それから肺活量もいります。
 昔は少しはスポーツしていた私でも、最初のうちは3−5分くらいの曲を弾き終えるのに、ぐったり疲れていました。
 これをその長時間続けるピアニストってすごい人達というのがピアノを始めた直後の率直な感想でした。それを、子供の頃からピアノ経験がある人に言ったら、「当たり前じゃん。ピアノはスポーツだよ。」と、あっさり言われてしまいましたが。

 ピアノを弾くことは、身体的活動なのです。
 つまり、自分で演奏すると、どんなに下手でも、体を動かす時と同じ種類の喜びがあるのでした。まさしくこれはスポーツと同じ。ウィンブルドンの選手みたいにうまくないからと言って、テニスをしてはいけないという法はありません。草野球だって楽しいのと同じです。

 それから、ピアノを始めた頃に気付いたもうひとつの重要な点は、
「私って集中力が、実は全然ない」ということでした。
 ピアノで何か一曲弾ききるには、その間、一種の無我の境地というか、そういう状態にならないといけないのです。ところが、3分程度の曲でも、ふっと雑念が浮かんできて、そこで間違えてしまう。 
 つまり、たった3分の間も無心になることが中々出来ないのです
 ちゃんと集中が出来るようになったのは、かなりレッスンに通って訓練した後でした。
 
 プロのピアニストは、これを2時間位平気でやれてしまう人達なのだから、やはり、とてつもない人達です。本書を読めば、そのピアニストの脅威の秘密がおぼろげに分かります。かと言って、読んで出来るようにはならないわけなのですが。
 
 好き嫌いはあれど、ホロヴィッツはやはり天才です。
 しかし、天才が天才になる理由が何故かということは、考えても良く分からないことのひとつです。本書を読んで私が分かったことは、彼が生涯をを通して、どのような状況でも、ピアノを弾き続けたことだけでした。

 この本には、ホロヴィッツが、ショパンのことを
「病弱だったかもしれないが、音楽のことでは獅子になれる」
と言ったということが書いてあります。

 それから、とある有名なピアノ奏法の本のことを
「あんなのははったりだ。あれを読んだら二度とピアノを弾けなくなる。」
と言ったということも書かれていました。

 うーん。このあたりに秘密が隠されていそうですが…。

 結局は、内的欲求と実践、それが噛み合ったとき、天才が生まれるのかもしれません。それに加え、ものの本質を見極める力。精神力。持久力。スポーツや音楽家などのジャンルでは、身体的能力だって大切です。
 とてもエレメンツに分解出来ない要素で天才は成り立っているのです。

 ホロヴィッツ自身はあらゆる作曲家や演奏家のことをかなり冷徹に論理的に分析しています。彼のような人物には音楽の本質が「ただ分かる」ので思ったことを喋っただけで、正しい理論になるのかもしれません。

 天才は真似出来ないのです。演奏のお手本にするなら、秀才型の人の方がベターです。ピアノの発表会の前には、ホロヴィッツではなくアシュケナージを聴け、と私はつくづく思います。
 付け加えると、やっぱり、何かの直前に、急に今までと違った行動や方法を取り入れてはいけないのです。

 小枝の教訓その2:直前に、「手」を変えるな!自分のスタイルを貫け
 
 でも、やっぱり、上手下手は別として、楽器を演奏するって楽しいですが。

 ちなみに、この本は、自身もピアニストで、ジュリアード音楽院の教授をしている作者が、ニューヨークのホロヴィッツの自宅を訪れてインタビューするという形式でまとめられています。プロのピアニストが、自分の知りたい本質的な質問をしているので、とても面白いです。
 ピアノに関係ない方も、ノンフィクションとして楽しめるかと思います。
 天才とは何かに興味がある全ての方にお勧めです。
 
またまた個人的なことに終始して、全然書評になってなくてスミマセン。それでも応援してくださる方はここをクリック!この本は、とても読み応えがあるので冬の夜長にぴったりです。



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