東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ
この本は、実のところは男性にこそ読んでもらいたい本である。
 
ジェンダー、女性学。
 
こう聞いただけで、「オレには関係ない。パスね。」
とこのブログを通り過ぎる男性諸氏もいると思うが、損はさせないので、騙されたと思ってこの先を読んで欲しい。

 何故なら、たまには全く自分と反対の立場の、むしろ不快と思う思想に触れることは、人間を大きく成長させるからだ。

 男性は恐らく、女性の著者が、真の意味での「本音」で発信する読み物を読む機会が少ないのではないかと思う。ジェンダーの問題を扱う「女性学」に関心を持つのは、何と言っても主に女性だけだ。
 ジェンダーに関しては、今だに発信者も女性で、受け手も女性。
 何故なら、こうした問題は、困っている側にとっては切実であるが、そうでない側には関心の対象外である場合が殆どだからだ。


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 男性読者の読む範囲での、女性の書き手の読み物は、かなり巧妙に男性社会の価値観に沿ったものが多い。その文章がたとえ、「女の本音」を語っているものでも、それは同じである。
 それは上手に男性が喜んだり納得したりする範囲で、巧妙に「女の本音」に見せかけた媚を含んだ文章である。つまりは、「男性に内緒の女性の恋愛観」「立場の違う女性への女性同士の悪口」など。
 私には理由がさっぱり分からないが、不思議なことに男性は女性が他の女性の悪口を言うこと、つまり女性同士の「バトル」をことのほか喜ぶ。

 女性が現代社会と男性と共生していくために、絶対に犯してはならない過ちは、男性批判である。誰だって、自分のことをけなす人とは一緒に働きたくないものだ。自分を慕ってくれ、尊敬してくれる人間のことを好む。それが人情だ。

 実のところ、男性の嗜好に沿う発現をする女性の書き手・話し手自身が、自然に男性社会の価値観や都合に合わせてモノを言っているということに気付いてさえいない場合も多いのではないかと思う。彼女たちは、本当に自分の本音を語っていると信じている。

…だって、女の子の本音というのは、下品でちょっぴり意地悪で他愛もない、非論理的で感覚的なものでなければならないのだから…

 建設的、かつ論理的な考えで女性が何かを語る時、あくまでそれは「建前」であって欲しいというのが男性の願望だ。
 生きるためにパンを盗んだジャン・バルジャンを誰も責めることが出来ないように、そのような方法で「賢く」生き抜いていこうとする多くの女性達を責めるつもりは私にはない。

 何故なら、男性中心の社会の中で苦闘しているわりに、私自身が長いこと、女性学というのに関心がなかったからである。
 それは、何も男性に嫌われたくないとか、男性社会の価値観に染まった方が楽だとか、そうした理由ばかりではない。勿論、深層心理では、そういう気持ちも実はあったのかもしれない、と今になっては分析しないではないが。

 何故、私が女性学をネグレクトしたか?
 理由は簡単。
 時は金なり、であるからだ。
 私には私で、学びたいこと、自分の仕事がある。

 その中で、私はこの「ジェンダー」という底なし沼のような、解決しない命題に自分を溺れさせたくなかった。この問題と取り組み始めたら、恐らく私は全ての「やりたいこと」を投げ打って、この問題の解決のために人生を捧げなくてはならないのではないかと思うくらい、この問題は私にとって大きな意味をもっているからである。
 もっと簡単に言うと、男性中心社会を変えるための「戦い」の兵士のひとりになって、100年後に勝利を勝ち取るよりは、たった今、自分が興味がある仕事や勉強に集中したい、そして生活を楽しみたいという私自身の打算のためだ。
 多くの女性が、これに類する打算のために、この問題を「やり過ごす」賢さを選んだ。上手に「私は他の女性と違って、あなたと同じ価値観をもっていますよ」と示すことに神経をすり減らしながら…。

 本書に関しては、忘れられない思い出がある。
 4、5年前のある日、この本が新刊で出て話題になっていた頃のある夏の日、私は三人の美人で妙齢の女友達とお洒落なカフェでお茶をしていた。
とりとめもない世間話のふとした流れから、「最近なんか面白い本読んだ?」という話になった時、つやつやした栗色の巻き髪の、誰がみても裕福な美人マダムという雰囲気のお金持ちの社長夫人の友人が恥ずかしそうに言った。
「あのね…東大で上野千鶴子にけんかを学ぶ、読んだんだけど、面白かった。」
 誰が見ても良妻賢母で家庭円満の彼女と、フェミニズムはまったく関係がなさそうだったので、私は驚いた。
「あの本、読んだの?」
「うん。すごく面白かった。」
 彼女は微笑みながらそう言った。
 もう一人の女友達は、大学では社会学を専攻していた。
 その彼女が、これは当然といえば当然だが
「私も読んだよ。あれはすごいね!」
 と、次に私に話題をふった。
「あなたも読んだの?」
「うん」
 社会学とは全く無縁の世界に生きる私が答えた。
 私たちは、その後、何の議論もせずとりとめもない話を続けたが、会話は以上で充分であった。
 その場にいた、三人三様の立場の女性が、全員、この本を既に読んでいたのだ。言っておくが、三人とも、普段の生活では、「女性の権利や立場」などを声高に主張せず、きっちりと自分の領分を守って生きている女性達である。

 ちなみにこの後、男性数名にこの本を知っているかと聞いたら、全員から「何それ?」という答えが返ってきた。

 この事実に、私はこの問題の根深さを思った。そして、この問題がどうして男性の前では「秘密」にしておかなければならない、女性のみの命題なのかという理由を考えずにはいられない。

 本書は、大阪出身の美人タレントである著者が、フェミニズムの旗手上野千鶴子のもとでジェンダーの問題を学んだ過程を、自身の手で描いた卓越したエッセーである。彼女は女性性のみが最大のウリである芸能界と、自分自身で考え語ることが出来る人が最大の尊敬を集める学問の世界を行き来しながら、現代における女性の立場を鮮やかに代弁してみせた。

 願わくは、一人でも多くの男性に、本書を手にしてもらい、率直な感想を伺いたいものだ。ご安心頂きたい点を述べると、この本は面白い。
 しかし、男性の大好きな女性特有の論理の破綻は、全くないことを申し添えておく。


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