ポーリングの生涯―化学結合・平和運動・ビタミンC

何故、天才ですら過ちを犯すのか?
天才科学者の晩年が、間違った信念に彩られてしまった理由を知りたくて私はこの本を読んだ。

ライナス・ポーリングは、化学結合やポリペプチドの研究の成果により現代化学の基礎を作った功労者である。彼の業績のすごさは、今やあまりにも普遍的すぎて人々の意識に上らないくらいである。高校生が教科書でお世話になるような基本中の基本事項を発見するというのは、やはりすごいことだ。しかも、第二次世界大戦や東西冷戦時代を通じて、平和と反核の運動を続け、ノーベル化学賞ノーベル平和賞をダブル受賞した人物である。

それだけの偉業を成し遂げながら、私のポーリングに対するイメージは何故か、ビタミンC教信者
 風邪を引いたときに、ビタミンCを大量に摂取すると治るともしあなたが信じているとしたら、それは間違いなく、ポーリング博士の業績だ。

 そう、ポーリングは晩年、「ビタミンCこそが全ての健康の源」と信じてその研究に没頭したのだ。
 確かに、ビタミンCは必須ビタミンの一つであり、体内に貯蔵することが出来ず、定期的に経口的に補給しなければ欠乏症により重篤な症状を起こす。しかし、ポーリングは、ビタミンCを大量に摂取することにより、殆どの疾患を予防、果ては治療することが出来るのではないかと固く信じていたのである。つまり、ビタミンCの大量摂取こそが、健康の源と信じ、世に広めようとしたのだ。
 そういう意味ではポーリングは、現代のサプリメントブームの父としての功績(?)の方が、彼の偉大な成果である化学結合の研究よりも大きいのではないかと思う。


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 何故、ポーリングをもってして、ビタミンCなのか?
 確かにビタミンCには、様々な効能がありそうではあるが、百歩譲っても万能薬ではない。ポーリングのビタミンC至上主義説は、その後の余人の努力をもってして、いまだに証明されていない。疫学的研究では健康増進に効能はありそうだという成果もないわけではないが、それらは全て健康的な食生活とセットになったものである。ビタミンCに関して、将来何か新たな研究成果がある可能性は捨てきれないが、現時点では具体的データはないのだ。
 また、部分的には、ビタミンCに関する彼のデータがはっきりと否定されているジャンルもある。

 私は、ポーリングの多彩な活躍を本書で読み、手塚治虫の名作
ばるぼら を思い出さずにはいられなかった。
 
 「ばるぼら」は不思議な作品である。インスピレーションの源になる「ミューズ」がフーテン少女の姿でふらりと芸術家(作家、画家など)などのもとに現れ、嫌がる芸術家にはお構いなしに彼の家に強引に住みつく。そして、彼の意思とは無関係に、彼女がその芸術家を気に入って彼のもとに留まる限りでは、彼は素晴らしい作品を生み出し続ける。
 しかし、その人物が政治やお金などに関心をもち始め、芸術のみに没頭出来なくなったとたん、ミューズは彼のもとを去ってしまうのだ。そして、それと同時にその芸術家は、輝くような才能を失い、作品を創ることが出来なくなってしまう、という作品だ

 科学者は芸術家ではないが、ある種のインスピレーションとストイックさを必要とするという点では、芸術家と共通したメンタリティを必要とする。
ポーリングも「化学」の研究に没頭していた時はワトソン・クリックの「DNA の二重らせん」に迫る優れたポリペプチドに関する研究の成果をあげる。しかし、反核運動、つまり政治活動に関わりノーベル平和賞をとり、晩年に研究に戻ったとたんに、どんどん間違った方向に進んでしまうのだ。

 芸術家や科学者というのは、結局は、修行僧のようにストイックな部分がどこかにないといけないものなのか?たとえ、平和運動・反核運動という善意の活動でも、本業を離れて色気を出すことは問題なのか?これらの活動に足を突っ込んだのには、友人の科学者を助けたいなどの相応の純粋な動機があったのだが、それすらも駄目なのか…。
「ばるぼら」でも、純粋な気持ちから国を救おうとして政治に足をつっこんだ作家が、「ミューズ」に見放される逸話が出てくる…。

 ポーリングの生涯を知り、私は、そんなことを考えずにはいられなかった。

 しかし、どのような過ちがあろうと、彼の生涯の偉業が否定されたわけではない。彼は極めて現代的な科学者である。豊富なアイディアをもち、それを証明しようと精力的に自ら研究し、失敗してもめげない。ダメなものは潔く切り捨て、次に進む。偉大な発見をするような人は、大きな間違いを犯す可能性だって大きいのだ。大バクチを打てば、大損することもある。それが科学的仮説というものだ…。これは一般社会での起業家精神にも相通じるものではないかとも思う。
 そして、国家権力に関しては、基本的には体制に逆らってでもの信念を貫き続けた反骨精神に満ちた人物である。
 多少の晩年の失敗など、彼の生涯全体からは小さな出来事だ。
 ミューズ云々と、あまりセンチメンタルに考えず、彼の生涯のエッセンスの素晴らしい点を取り入れば良いのかもしれない。
 沢山の成功と失敗に彩られた生涯と言うのも、案外、人間らしくてカッコいいのかもしれないのだ。
 
 彼の生涯を読んで、その二つの思いが去来した私であった。


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