大人って、子供に夢と美学を伝える存在であってもいいのではないだろうか


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 クリスマスソングが流れるカフェで、偶然隣り合わせた40代半ばくらいの女性二人の会話。どうも、大学受験の子供たちが、それぞれいるらしい。最初は、どこの大学がいいという話をしていたが、大学選びから就職のことに話題は次第に移った。
 
「最近の就職はコネよ」
といっている。
 「大コネがないと、就職できない。そこそこのランクのお嬢様お坊ちゃま校で、あんなとこから就職出来るのかしらって思うけれど、おうちがよければ大コネで就職が出来る。結局はコネだ。」
「そうよねえ。○○大なんて、別に大したことないのに、いいおうちの子供ばっかりだから、遊んでいても就職できるのよね。それに比べてうちなんて…。」

 現実的なのか、ずれているのか分からない、独自の就職状況分析が延々続く。
 
 透明なので一見空っぽに見えるけれど、ねばねばしたゲル上の物質で満たされた狭い空間。そんな得体の知れない場所に閉じ込められて身動きがとれなくなってしまったような圧迫感に私はとらわれはじめた。
 
 店内には、お決まりのワムの「ラスト・クリスマス」の女性ボーカリストのアレンジバージョン。
 私、実はこの曲、結構好きなんだけれど、今日はあんまり聞きたくない気分…。


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「でも、私達の時は、大学を出て、何の資格がなくても就職できたし楽だったわよね。今は厳しい時代だから、もうコネなしじゃどこも入れないらしいわよ。」
 「就職が楽な時代だったから、結局何の資格もないし、その後、結婚して子供を産んだだけよね。」
 
 人間は、その人のもっている世界観でしか生きられない。
 こう考えている人は、このようにしか生きられないし、違う考えをしたら違うように生きられる。
 人間は男女を問わず、同性同士だと妙に露悪的になってしまう性質がある。 きっとこの女性達も、こんな表層的なことを言っているけれど、本当は、毎日一生懸命生きているとてもいいお母さんなのだろうが、何だか心配だ。目上の女性を「オバサン」だなんて断定するようなイヤらしい人間にだけは私はなりたくない。人間が浅はかかそうでないかは年齢では決まらない。
 でも…。
 大人って、子供に夢と美学を伝える存在であってもいいのではないだろうか。

 教育は母親だけの責任だなんてこれっぽっちも思わないけれど、「お母さん」は誰の心にも唯一無二の大切な灯りのような存在だ。
 お母さんが、冗談のレベルにしろ、もしこんな世界観をもっていると知ったら、子供たちは悲しまないだろうか?それとも「ママ、何言っているの」と軽く乗り越えて、自分なりの人生を歩むのだろうか。

 就職の話が一通り終わると
「韓国ヨン様ツアー行ってきたわ。楽しかった!韓国語のレッスンもあったのよ」
とひとしきり盛り上がっていた。

 カフェは、隣に誰が座るかで、運命が決まる。
 思いきり、興味を引かれる会話をしてくれてありがとう。
 でも、私は今日は何も考えたくない気分だ。
 この季節くらい、陳腐なものを心から追い出したって、
 カッコつけてるって言われなくてもすむだろう。

 そろそろ私も店を出て、美しいクリスマス・イルミネーションの輝く街の空気を吸いに行こう。

 そうだ。それから、家に帰って、心を浄化させてくれるバッハのKeyboard Conc.でも久しぶりに聴いてみよう。

 
 
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