顔を読む―顔学への招待
 本当の意味での”人を見る目”を身につけたい方に最適な本
   第一印象のトリックを知る

 
 容貌の中で、その人の社会的価値に最も影響を与えるのは、実は美醜ではない。
 童顔か、大人顔かという点だ。
 
 男性にしろ女性にしろ、ある特定の社会的な役割を割り振られるのに最も重要な要素は、実のところは童顔か否かという点にある。次が身長。つまり、大人っぽく見えるか子供っぽく見えるかで、その人の内面の精神成熟度や優しさなどが判断されてしまう。
 
 童顔の人は、男女を問わず、一般に「女性に向いている」とされるカウンセラーや教師といった役割を割り振られる。たとえ、実際にそういう職業でなくても、職場の中の立ち位置として、そういう役割を期待される。大人顔の人は、男性的な職業、リーダータイプの職業に推薦されやすい。
 童顔の人は明るく優しいと思われる反面、頼りなく思われがちで、大人顔の人は、きつい性格と思われやすい反面、しっかり者と思われやすい。
 一般的な意味での社会的地位を得るには、大人顔の方が有利であろうが、個人レベルでは童顔の方が親しみを持たれやすい。
 
 大人顔:尊敬・信頼できる、神秘的 知的 賢い 理論的⇔冷たい 素気ない 近寄りがたい 傲慢 頑固 非人間的 
 子供顔:親しみやすい 明るい 心が暖かい ものを気軽に頼める⇔軽薄 底が浅い 頼りない 頭が悪い 非理論的 御しやすい 生意気
 
 このようにアンビバレンツな正負の感情を惹起するのが、顔の幼児性の多寡なのである。勿論、上記に「美醜」「身だしなみ」などの様々なファクターが関与してその人の印象は決定される。

 ところで、人間が強い怒りを感じるシチュエーションはなんであろう。それは勿論、期待が裏切られた時である。容貌に関しても、自分が期待していた役割を相手が果たさないと、たいていの人は強い怒りや落胆を感じる。例えば、童顔の人がきつい性格であったりすると必要以上に評価が低下する。

 こうした固定観念を過剰にあてはまるものの考え方を過般化効果という。


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 見た目によって当てはめられた役割が、その人の内面にぴったりであれば、彼(女)は幸せだ。しかし、それがふさわしくないものであれば、本人は外見と内面のギャップに苦しみ続ける。その苦しみを和らげる防衛本能ともいうべき方法が、徐々に中身を見た目にあわせて変えていくということだ。これをドリアン・グレイ効果といい、たいていの人は、生まれ持った外見に期待された役割を知らず知らずのうちに繰り返し果たすことによって、本当にそういう人になってしまうのだ。
ドリアン・グレイの肖像

 実際のところ、人間をだめにする最も効果的な方法は、常に
「お前は駄目だ。役にたたない。」
「どうせ、あなたはこの仕事(勉強)は続けられないに決まってる。」
などと言い続けるという方法である。
 相手に全く期待されていないのに、頑張り続けるというのは至難の業である。
そうであるならば、相手が期待するようなレベルに変わってしまった方が余程楽なのである。


 本書を読むことは、そうした固定観念を打ち破り、本当の意味で相手の内面を判断する方法を身につける足がかりに出来る

 あらゆるビジネス本の中で、売れているタイプの本のひとつとして、「外見やしぐさなどから人を判断する」という類の本であろう。そういった本はすごく売れているし、実際のところ、読むと誰もが「そうそうその通り」とうなずけるだけの説得力をもっている。
何故説得力があるというと、その内容が、読者の「実感」に極めて似通ったものであるからだ。読者は、自分がなるほどと思えることしか、普通は信じようとしない。
 
 実は、その「実感」というのが落とし穴で、それこそが「固定観念」の最大の原因なのであるが、普通はいくらそう説明しても「だってそう思うんだもの。しかたないでしょ。」ということになってしまう。人間は、最初の仮定、つまり、自分が何かを判断する基準そのものになっている大前提は疑わないものなのである。本当は、何かがうまくいかない時は、最初の仮定や条件を疑うことから出発した方がいいのだが、それほどの名探偵になることは、普通困難なのである。

 出版する側としても、人々の普遍的な実感に逆らうような内容の本を書いても売れるはずがないから、「こういう外見やしぐさは○○という性格の兆候ですよ」と平気で書いて世の中に出す。そこには行動学的な裏づけは希薄である。極論からいえば、これらの本は、人々の思い込みを文章にあらわしたものが大半なのである。

 今までに私は何人も
「私は、ぱっと見ただけで相手がどんな人かすぐ分かるんですよ」
と豪語する人にお会いしたことがある。
その通り。
 人間は、自分が理解するように世界を理解するから、彼(女)の判断は確かに、絶対に正しいのだ。
 確かに、人を見る目のある人というのはいるが、そういう方は、不思議なことに、
「ぱっと見ただけで」という言い方はあまりしない。
 本書は、その「判断」の基準になる心理の幻想の部分を解きほぐした本である。
 
 恐らく、本書を読んだ後では「ぱっと見ただけで相手がどんな人が分かる」というのがある意味誤りであることがわかるであろう。

 おそらく「ぱっと見で分かる」のは、せいぜいペルソナ(社会的にその人が自分の役割を果たすためにかぶっている仮面)の部分であろう。
 ビジネスのレベルだと、ある意味、そこさえ分かれば充分という捉え方をすれば、第一印象による性格判断(正確にはペルソナ診断)は可能かもしれない。
 この錯覚を利用して、通勤電車のスリは、ビジネススーツを着込んで電車に乗り込むわけである。スカーレット・オハラはビロード生地のカーテンで作ったドレスでおめかしして裕福な暮らしを装った上で、レット・バトラーに借金を申し込みに行ったわけである。就職活動でのリクルートスーツも同じ意味合いを持つ。

 ところで、ビジネス社会においても、本当に人間をペルソナという枠組みに簡単に押し込んでしまって良いのだろうか?確かに、過去の時代では、人間をペルソナに当てはめて、類型的な役割を果たしてもらいさえすれば事足りていた。機械的に、その人に当てはまる表面的な条件を「その人自身そのもの」と決め付けてしまえば確かに楽なのかもしれない。
 しかしそれによって失われてしまった個人的資質による経済的損失は、どれほど莫大であるかは測り知れないものがある。

 以前レビューさせていただいた
まず、ルールを破れ―すぐれたマネジャーはここが違うにもあるように、本当のところは相手の表面に捉われずに真のパーソナリティを見抜くことこそが、これからのビジネス社会に必要な資質なのである。
 もしあなたが、誰も気付かない誰かの「宝石」のような部分を掘り当てることが出来る能力があったなら、それは極めて強力な武器になり得るのだ。
 そして、その力は、他人の人生を救う力になるのだ。
 そのためには、ありきたりの既成概念で曇ってしまった洞察力を、もう一度ピュアなものに取り戻さなければいけないと思われる。

 私は別の意味で、人間の動物的なインスピレーションを馬鹿にしてはいけないと思ってはいる。しかし、その本当の意味での「第六感」を研ぎ澄ますためにも、他人が書いた「こういう見た目(しぐさ)の人、こういう状況はこんなことを表しますよ」という類の本は、慎重に読み進めた方が良いと思う。
 それだったら、こうした顔学の本を読んで、人間が、ある形態や事象からどんな印象を受けるのかを知ったほうが、余程ためになる気がしてならない。

 話は変わるが、人間のこだわりというのは、物の考え方に大きなぶれを生じさせる原因になる、つまり考え方が極端になり、正負・善悪どちらかの極端に振り子が振れてしまうのだ。それがあらゆる芸術などの面白いものを生み出す原動力にもなるわけだが、人付き合いという点では、そのこだわりが多くの場合マイナスに作用する。
 ニュートラルな見方をしている人は、決め付けるような言い方をしない。
 
 こだわりの一例としては、
「僕は美人だからって、だまされませんよ」
とおっしゃる男性も、
「やっぱり可愛い子がいいな」
と思っている男性も、実は「容姿」というファクターに強い影響を受けている点では変わりがなく、大同小異なのである。
 
 実のところ、人生とは、何事においても呪縛というか何かに固執したり捉われたりしない方が、幅が広がるものだから、こうしたこだわりはない方がずっと得なのであるが…。
 固定観念というものは、それを意識していない人ほど強力にその人の価値判断を支配している。「まず自分を疑え」というのは中々出来ないのだ。
 
あらゆる固定観念の中で「顔」に関する固定観念ほど強力で、かつ動かしがたいものはない。だからこそ、演劇や映画の配役では、役柄に合った俳優選びに細心の注意が払われるのだ。確かに、キャラクターに合わない見た目の俳優が演じている芝居は、見ていて落ち着かない気持ちになる。

 容貌が病気などで損なわれてしまった人の苦しみも、そこにある。ある意味、「老い」ということの最大の苦しみも、外見で判断されてしてしまうと「価値のない人間」とみなされてしまうという点にある。

 そもそも、外見と内面が完全に一致するとしたら
美女と野獣 のストーリーは成り立たない。最初から、野獣の姿をしていても中身が王子様だとすぐに分かってしまうはずだからである。

 しかし、見た目が良くない人が、思いもかけず素晴らしい人間だと、相手の評価は元々見た目の感じが良いひとより何倍も高まるのだ(コントラスト効果)。第一印象が悪いと悩んでいる人も、あきらめる必要は全くないのである。
 
 実のところ、あらゆる固定観念は、乗り越えることが可能である。
 自分に割り振られた役割=ペルソナを気にしすぎず、本当の自分であり続けることで、まわりの見方も変わっていく。それにより、どんどん自分の人生が楽になっていくのだ。
 あきらめてはいけない。


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