デブの帝国―いかにしてアメリカは肥満大国となったのか

 皆様は、加工食品を買うときに、食品表示のラベルをご覧になるだろうか?
 私は必ず見る。
 私は、もはや宗教の域に達すると言っていいような、極度のナチュラル志向主義者ではない。そうしたものは、一部の良心的な人々の手によるものを除いて、既にある種の商業主義に毒されている部分がある、一種の「健康産業」だからだ。

 しかし、ごく普通の八百屋さんやスーパーで手に入る範囲の食品で、出来るだけまともな食事を摂ろうとは思っているし、その必要があるということを知っている。
 幸いアレルギー体質でもないので、それで十分であるのは有難い。
 それにしても、この「アレルギー」ということに関しても真実を語りだすときりがないが、今回の話題とは無関係なので、別の機会に譲ろう。

 ところで、食品ラベルの話に戻る。
 皆様はそこに「コーンシロップ」という文字が頻回に登場することにお気づきだろうか?
 コーンシロップは、その名の如くトウモロコシ由来の甘味料であるが、いわゆる「お菓子」などの「甘いもの」意外に、パン、ハムなどの加工食品、調味料などありとあらゆる食品に汎用されている。甘味料って砂糖(ショ糖)じゃないの?とお考えの皆様も多いだろうが、コーンシロップは、今やショ糖以上に私達の生活に密かに侵入しているのである。

 本書のストーリーは、そのコーンシロップから話が始まる。
 1970年代のニクソン政権下のアメリカ。
 アメリカ農務省は、深刻なレベルの「余剰生産物」となった「トウモロコシ」の不良在庫に頭をかかえていた。

 何とか、この大量のトウモロコシを有効活用したい…。その救世主が1971年に日本の食品科学者がショ糖より六倍の甘さを持ち、簡単で安価に大量生産できるトウモロコシ由来の甘味料HFCS (高果糖コーンシロップ)を開発したのである。アメリカ農務省は、これに飛びついた。

 何しろ、トウモロコシを大量に売りさばける、絶好のチャンスである。
しかも、このHFCS は、安価で食品の製造を大幅にコストダウンできる上に、構造上加熱に強く、しかも変性しづらく長期保存が可能であるという、食品にとってはまたとない特徴を備えていたのである。
 ところが、この誰にとっても一挙両得のような、「夢の甘味料」が「デブの王国」アメリカへの第一歩だったのである。

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 最初に断っておくが、「食べ物に貴賎はない」。
 ダイエットを始める人は、「何は食べてよくて何はいけないか」を執拗に知りたがる。
 ところが、根本的な間違いはそこにあるのである。
「これは体に良い」と何か単品を勧めるやり方は、多くの人のこうした心理につけこんだ「商売」である。

 食べ物は、「毒」でない限り、すべて体に良い。
 その摂取量の比率のバランスが崩れ、過剰摂取になったときのみに、「肥満」という害をもたらすのである。
 あえて言えば、そのバランスを考える上で、「野菜」の必要量は普通の人が思っている以上に多く、炭水化物や脂肪の必要量は、普通の人が思っている以上に少なくて構わないという点にある。
 
 つまり、減量とは、自分の身長・体重・年齢・運動量に合わせた食物の正しい「比率」と「量」を学ぶということが基本になるのだ。

 というわけで、科学の進歩の産物である、「コーンシロップ」に罪をなすりつけ、そう記載してある食品をこれからは摂取しないなどという結論に至らないで欲しい。
 
 HFCSの最大の問題点は、大量生産が可能であることと安価であることにより、「人間の欲望を過剰に満たす」ということが可能な点にある。
 HFCS自体に罪はない。
 そこにつけ込んだ商業主義と、それに結びついた政治的思惑が、アメリカ人を肥満に追い込んだのだ。


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 もともとが「甘味」というのは、人間が乳幼児の時に最初に獲得する味覚であり、年老いて全ての味覚が鈍ったときまで、最後まで保たれる、究極の「味」である。
 その理由は、皆様の多くがご存知かもしれないが、グルコースが極度の飢餓状態などの例外を除いては基本的には「脳の唯一の栄養源」であることに基づく。

 現代人の健康を蝕んでおり、忌み嫌われている「塩と砂糖」というのは、人間にとって必要ないわば「必須栄養素」である。それは勿論、それら自体の罪ではなく、過剰摂取のためだ。
 人間はどうも、「絶対に必要で大切なもの」に対する要求の閾値のセットポイントが、病的に跳ね上がってしまう性質を有しているようなのだ。

 過剰な愛、過剰な親切、過剰な知識、過剰な食物…。
 どれも「過剰な」をとれば、私達にとって極めて大切なものばかりである。
 ところが、度を越してしまうと、どれもが私達の生活を蝕み害をなすモンスターと化す。

 過剰な食物の帰結は、「デブ」である。
 アメリカに旅行したり在住されたりした皆様は、アメリカのレストランの一人分のポーションの多さに、最初は驚かれた経験がおありだと思う。
 日本のHard Rock CaféやFriday’sのポーションも十分多いが、本家ではもっと大量の料理を盛り付ける。
 コークやアイスクリームのビッグ・サイズはご存知のように四人分くらいある。

 このビッグ・サイズは、「子供時代の夢」の体現である。
 「ドラえもん」には、ケーキを思う存分食べたい夢を実現するエピソードがある。ドラえもんに「秘密の道具」で体を小さくしてもらったのび太君やしずかちゃんが、巨大な山のようなケーキを食べるのである。多くのファンタジーでは、ごちそうが山のように出てくるシーンが多く見られるが、それは「いつでもおなかをすかせている」子供たちの夢を満たすためである。

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 しかし、幼稚な欲望というのは、往々にして満たさないほうが幸せなのだ。
 コーンシロップの登場前は、「甘味」というのは、人類にとって貴重なものだった。
 砂糖は高価であり、生産は気候の影響を大きく受ける。大量生産される甘味料が出現する前は、人類は「甘味」を押し頂くように有難く食べた。

 実のところは、人間は食品に甘味料を付け加える必要さえなく、天然の甘味であるフルーツや穀物由来の炭水化物を適量摂取するだけで、「脳」には十分なグルコースが行き渡るはずである。 
 食物に甘味料を添加すること自体が、どだい「過剰」であるのに、
それを自由自在に行なうということは、明らかにオーバーカロリーの状態を生む。
 脳の甘味に対する要求のセットポイントが上がってしまうのだ。
 ものすごく趣味の悪い例えだが、
「もっともっと私を愛してよ!」
と泣き叫ぶ、わがまま娘のような状態に、「脳」が変化してしまったのである。
 
 ところで、「人に何かを売るコツ」とは何であろうか?
 それは、抗いがたい人間の欲望にダイレクトにアピールすることである。
 良心的なプライドある商売を心がけている方は気を悪くされるだろうが、一般論的には、そうである。
 食欲とは、人間の基本的な欲望の最たるものだ。

 このセットポイントの上がった人間の「脳」を、アメリカの商人たちが見逃すはずはない。
 巨大なアイスクリーム、巨大なハンバーガー、巨大なコーク…。アメリカ人たちは、自分たちの体に何が起こるかも知らずに、子供のように喜んでそれを受け入れた。政府もそれを後押しした。
 政府も国民も、その巨大な食物群が、どれほど健康を蝕み、将来どれだけ莫大な医療費というツケを国家にもたらすかということを知らなかったのである。

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 脳卒中、心筋梗塞という動脈硬化をベースとする「死に至る病」のそもそもの原因は、肥満である。
 1960年代に発見されて話題を呼んだエネルギーの「倹約遺伝子」の話題は、私も過去にブログでとりあげた太りゆく人類を是非、お読みいただきたい。
 その動脈硬化の原因となる、高血圧・高脂血症・糖尿病という三大生活習慣病の原因は、「肥満」である。
 
 肥満は「インスリン抵抗性」をもたらすことにより、これらの疾患をの原因となることが、近年明らかになっている。
 インスリンとは、ご存知、血糖値を下げることが出来る体内で唯一のホルモンである。
 
 実のところは、先ほどの「倹約遺伝子」はインスリン抵抗性と深く関わっているということが分かってきたのだ。
 インスリンの効きが悪くなると、当然ながら高血糖つまり糖尿病になる。
 しかし、インスリン抵抗性の影響は血糖値のみに留まらない。
 まず、それ自体が、脂肪を蓄積して、肥満を加速する。
 つまり、肥満に関しては、肥満が肥満を呼ぶ悪循環に陥るのだ。
 
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 その上、細かい機序いまだ不明な点も多いが、インスリン抵抗性は、間接的ではなく直接的に他の生活習慣病の原因になることも分かってきている。
 
 まずは、脂質代謝への影響がある。
 肝臓の脂肪酸遊離に影響し、脂肪酸代謝への異常による動脈壁への障害作用(つまり直接動脈硬化をおこす)。
 次に高血圧への直接的影響。腎臓への水・電解質代謝への影響を与え、循環血漿量の増加に伴う高血圧をもたらす。
 このように、直接的に、他の生活習慣病を引き起こすことも分かってきている。
 「痩せるだけで血圧が下がる」というのは、現代医学の常識であるが、それにはきちんとした理論の裏付けがあるのだ。

 肥満というのは、現在目に見えた病気はなくとも、既にそれらの疾患の予備軍であり、遠いあるいは近い将来の、重篤な疾患の遠因であるのだ。
 その状態を、シンドロームXと言う(別名、死の四重奏)。

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 ところで、先ほどHFCSには罪はない…と書いたが、どうもこのHFCSは過剰摂取をすると(適量以下なら問題はない)、直接的にこの「インスリン抵抗性」を増大させる可能性が示唆されている。
 現代のHFCSの汎用されぶりを見ると、意識せずに摂取すると「過量」になってしまう恐れがある。
 
 神経質になる必要はないが、やはり、食品ラベルを見ることは大切なのだ。
 スナック菓子の常食と、加工食品の大量摂取は避け、自分でなるべく料理をするようにしよう…という大まかな心がけ程度で十分である。
 しかし、その程度の「食」に関する注意は、決して怠ってはいけない。

 食品には量、バランスの他に、「質」というものがやはりあるのだ。
 質というのは、究極的には、その食物が体内の代謝に与える生化学特徴ということだ。
 そのバランスと質を保つには、どちらかというと難しい知識は不要で、
「ごく当たり前の自分で作った料理」としての食のセンスの方が、余程役に立つ。

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 現代では、痩せる必要のない若い女性達が、「美容」のために体重を減らし、健康に重大な被害を受けている。反面、痩せなくてはいけない、妙齢の男性には、痩せる必要を感じていない方が多いようだ。

 これは恐らく、長い間「肥満」が富と権力の象徴であったことと結びついているのだろう。食物が豊かになったのは、ここ近年のことなのだから。その一種の「疾病利得」とでも言うべき状態、つまり「恰幅が良い」「体を大きく見せる」ということの利益を、男性たちは無意識のうちに享受している。

 それは「健康」などという目に見えるものとは引き換えに出来ない、大きな社会的利益である。
「腹が出ちゃってさ」などと嘆いて見せるのは、ほんの口先の、表面的な意識に過ぎない。
 男性は、ある年齢を過ぎたら、痩せることによる利得は「健康」ということ形のないものだけなる。形のないものに対して努力をするほど、人間は強くはない。

 中年の女性にとっても、「ふくよかであること」は母性という強力なポジティブ・イメージがある。痩せることの利点は、あまりないのだ。

 しかし、本当の意味で、肥満を脱しなければいけないのは、その「社会的には痩せることが利得にならない世代」になってからなのである。
 痩せることの真の目的は、「美しくなるため」ではないのだ。
 
 「健康」という言葉が漠然としすぎているのなら、
「家族のため」「仕事上の責任を果たすため」でも何でもいい。
 何か理由をつけて、標準体重を維持していって欲しい。
 
 究極的には「命のため」に、体重のコントロールは重要なのである。


痩せましょう!と言われると、半分冗談だと思っている方も多いようです。しかし、かなりの医学的事実が肥満が万病の元だと語っているのです。この書評が面白かった方はここをクリックして人気blogランキングへ投票よろしくおねがいいたします!


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