医学を変えた発見の物語
 
  文章を引用する人は、原文をきちんと読まねばならない。
             (医学を変えた発見の物語より)

 
 人の話を、全然、聞いていない人というのがいる。
 誰かが何かを話し始めたとたん、それを遮って、自分の言いたいことだけを滔々と話すような人である。もしくは、誰かが話している間、「自分が何を話すか」だけを考えているような人もいる。

 こうした人が他人の信頼を得られることは稀である。
 とりあえず、相手の言葉をさえぎらず、最後まで相手に話してもらう。
 それだけで、その人に対する信頼度は、かなり上昇することは間違いない。

 本書は、医学史上に有名な「発見」が行なわれる過程をつぶさに検証した本である。
 「事実を解明する」ためにはどうした心構えや思考法が必要なのかに興味がある全ての方は、ご一読いただいて損はないと思う。
 物事を正確に判断する上での心構えとは何か?ということの参考にもなる。

 人の話をちゃんと聞いていない人というのもまずいが、人の文章をちゃんと読んでいない人、というのも相当まずい。

 「文章を引用する人は、原文をきちんと読まねばならない。」
というのは、本書の中で、かなり手痛い一文である。
 「睡眠時無呼吸」に対してつけられている、文学作品ゆかりの「ピクウィック症候群」「オンディーヌの呪い」という二つの有名な病名は、実はそれらの作品の誤読(というよりちゃんと読んでいない)によるものであった。
 それに対する著者のコメントが上記の文章である。

 斜め読みは、正直、私も良くする。
 大体の情報の所在を頭の中にファイリングために、必要なやり方だ。

 しかし、少なくともそれを引用するような状況においては、文章の論旨を誤解するようなスタイルの読み方や、更には、わざと曲解するようなことはしてはならないと思う。
 文学を引用した病名程度ならまだ害は少ないが、根本理念を誤解していたら、絶対に正しい理論は導き出せない。

 膨大な知識を仕入れた挙句、そんな理解の仕方をするくらいなら、たったひとつで良いから確実な理解を積み重ねたほうが、科学者としては(人間としても)、余程高級なのかもしれない。

 ところで、本書に描かれた複数の医学発見のストーリーの中で一番興味深いの「時代に先行しすぎた発見」の項目であろう。

 音楽や絵画などの芸術でも、あまりにもセンスが「早すぎる」ために、誰にも理解されないことはしばしばある。
 科学の世界でも、丁度、タイムリーに「ホットな」研究が出来れば一躍時代の寵児になれる。しかし、それがあまりにも斬新すぎると、無視されたり、場合によっては非難の対象になったりするというのは古今東西の事実である。

 でも、タイムリーなことをやり続けて「時代の寵児」になることそれ自体が目標になり、「半歩進んだ研究」ばかりやる人間ばかりになったら、確かに科学の進歩は止まるだろう。
 皆が着目する「流行の分野」に人が群がる現象はどのような世界にも共通の現象であり、多分科学も例外ではない。

 しかし、少しそこからはずれた分野でこそ、何か新しい流れが起きることもある。
 それは、「狙って」何かを研究するというよりも、「これって何故だろう?」という素朴な不思議を解決する心から生まれる。
 しかし、これが私達凡人には以外に大変なことなのかもしれない。
 流れに乗る心地よさを捨てる勇気をもつことは、とても難しいことだ。

 進学教室のキャッチコピーではないが「四角い頭を丸くする」には一体どうしたら良いのだろうか?

 もしかしたら、「孤独力」とでもいうべき能力が必要なのかもしれない。


最新人気blogランキング!
 新生児呼吸窮迫症候群(ARDS)に関わる、肺の表面張力の研究は、重要な発見があっても、毎回それが学会の注目を浴びないという不幸な運命にさらされた研究であった。

 1806年、ニュートンの後継者と目されるラプラスは、「ラプラスの法則」で知られる球体の表面張力に関する論文をフランス学士院に発表した。

 これ自体は、1805年にヤングという研究者が発表した研究の無断引用であった。新進気鋭の研究者ラプラスは、実のところは「無断引用の天才」でも有名で、しょっちゅうそういうことをしていたらしい。
 ヤング自身は、弾性係数に関する「ヤング率」の理論を打ち立てたり、後には考古学の分野でもロゼッタストーンの暗号解読の礎をつくったりした博学多彩の人物であったのが幸いである
  
 そうしたありがちな、科学界の暗部はともかく、この重要な法則は、何と約100年以上も省みられることがなかった。
 あまり、注目されなかったのである。
 
 1920年になって、ようやく界面現象、界面科学、石けん膜などの研究が物理学者の間で興味をもたれるようになった。
 この理論が、現代化学工業の重要な発見だと分かるまでに、これだけの年月を要したのである。
 
 そして1929年、ネールガールドというドイツの研究者が、ようやくこの表面張力の問題を肺の弾性に結びつける研究を行なうのである。
 ところが、その研究は、大した注目をあびることはなかった。
 そして、ネールガールドは、その偉大な発見にも関わらず、何故かこうした研究から、きっぱりと足を洗ってしまうのである。

 才能のある研究者が一生研究を続けないその理由は、考えてみると極めて興味深い。個人的な興味の喪失なのか、それとも周囲の環境が悪かったのか…

 その後彼は、医学と哲学・政治といった基礎医学とは関係のないことに関わり続け、1947年に死亡する。
 ネールガールドの死亡の時点では、彼の肺に関する重要な業績は全く忘れられていたということである。
 そして彼の死後10年して、肺サーファクタントが発見され、その2年後に新生児呼吸窮迫症候群はその物質の欠如が原因であるということが解明されたのである。

 「ラプラス(本当はヤングの)法則」から、約150年くらいの年月の後である。

 現代医学の「発見」の競争が日単位の分野であることを考えると、長大な時間がかかっている。
 「表面張力」という事項に関しては、とにかく、何かエポックメイキングな発見があっても、周囲が誰も注目しないという運命にさらされていたのだ。

 半歩進んだ「かっこいい人」になるか、そうしたことは突き抜けて生きるか?中々難しい問題である。

 
 
この書評が面白かった方はここをクリックして人気blogランキングへ投票よろしくおねがいいたします!


元祖ブログランキング ほかのブログも見てみたい!