免疫の反逆―進化した生体防御の危機 ウィリアム・R・クラーク著 

  自己と非自己の境界とは?

 「免疫を活性化する」というタイトルの書籍はとても多い。
 ここでいう免疫を活性化する、というのは、結局は「体を丈夫にする」ということが言いたいのだと思う。

 だったら、「体を丈夫にする」と素直に書けば良いのだろうが、何か体の機能の医学的なメカニズムについて書いたほうが、信憑性がありそうなイメージがあるのは間違いない。
 
 このテーマでは、過去に、人間この信じやすきもきもの
で書いたが、いわゆる「ハロー(後光)効果」を狙ったものであることは間違いない。
 私としては、あんまり難しいことよりも、「おばあちゃんの知恵袋」的な本の方が、生活レベルでの健康法としては、役に立つ上に安上がりで無害なのではないかという気さえするが、それは言いすぎであろうか。

 確かに、免疫の中でも特に、NK(ナチュラルキラー)活性と呼ばれるものは、精神的ストレスによって低下し、喜びによって上昇することはかなり以前から知られていた。

 NK活性は、乱暴に言うと、「なんでも攻撃できる、異物の侵入に対する一番最初の免疫反応」である。
 感染症の初期の防御に関係するので、確かにいつも楽しく暮らしていれば、病気になりづらいのかもしれない。
 どちらかというと、科学が常識を証明したという類の理論であろう。

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 しかし、「免疫」というのは、亢進していればいるほど良いというものではない。
 
 アレルギーというのは、異物に対する過剰な免疫反応である。人間の免疫系には免疫学的記憶という機構があり、一度、抗原(異物)に曝されると、二度目にその物質が進入した時に、爆発的に免疫反応が起きる仕組みがある。
 これを良い方向に利用したのがワクチンである。
 しかし、アレルギー反応というネガティブな反応も、機序としては、この免疫学的記憶のために起きてくるわけである。
 アレルギー疾患の「免疫を高める」方法という本は、すなわち病気を悪くする方法ということになってしまう。

 また、体には本来、自分の体に由来する物質(自己)とそうでない外来の物質(非自己)を認識する働きがある。つまり、自分で自分の体を攻撃しない仕組み(自己免疫寛容)というものがあり、外敵だけをやっつける仕組みが出来上がっているはずなのである。
 ところが、自分の生体を異物と誤解して攻撃してしまうのが、いわゆる「自己免疫疾患」である。

 つまり、生体にとっては、ある特定の反応がその時の状況によって有利になったり不利になったりするということが言える。
 
 先ほど述べた初期の免疫反応である「NK活性」についてであるが、これはかなり以前には、腫瘍免疫(NK細胞を介したLAK療法)、つまり癌の細胞をやっつけるのに役立つのではないかと考えられていた。
 しかし、結局、「特定の腫瘍細胞だけを攻撃する」ような治療法でないと、体の他の部位へ影響が出るのではないかという考え方に徐々に変わっていったという歴史的経緯がある。
 つまり、無差別攻撃ではなく、ピンポイントでないと、生体内ではやはり都合が悪い可能性が大なのである。

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 つまり、免疫を活性化するといいことと悪いことがあるわけだ。
 免疫というのは、二重規律的な機構なのである。
 
 自己と非自己の境界線をいかにうまく人間の都合の良いように引くか?
 それが大雑把に言えば、現代免疫学の究極の目標なのである。

 自己の体に対しては絶対に免疫反応が起きないようし、外来の異物や腫瘍だけをうまく攻撃するように、免疫をうまく支配する。
 しかも「移植」など、人間の都合で植えつけた異物は「拒絶反応」をおこさないように免疫を抑える。
 アレルギーのような「困った」免疫も抑えこむ。
 
 何だか「都合の良い免疫」というタイトルの本でも書きたくなってくる話である。
 「都合の良い免疫」では売れないような気がするが…。


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 この本は、今から1997年に出版された、免疫についての一般書である。
 よって、最新の知識こそ含まれていないが、この分野に初めて触れる方が現代免疫学に至る歴史的な流れを総括するのに便利である。

 免疫の歴史、免疫の多様性、免疫記憶、免疫寛容といった基本的用語についても分かりやすく述べている。
 著者は、科学ライターの方ではなく、研究者なので内容の正確性はきちんとしている。
 免疫の勉強を一度もしたことがない方で、「新聞の科学記事が正確に理解出来る」ようになりたい方が読むにはかなり適当な本だと思う。
 
 奇をてらわない、スタンダードなことを、「身内以外の人に向けて発信する」という本でいい本は少ないので、そういう意味ではお勧めである。
 よろしければ、お手にとってみて欲しい。
 逆に、割に当たり前のことばかりなので、一通りの知識のある方にはお勧めできない。参考になさっていただければ幸いである。


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