これいただくわ ポール・ラドニック著

 これでもか!の買い物&物欲小説。
 この小説には「買い物」の話題しか出てこない。
 何だか、読後は、癒されたのか、どっと疲れたのか良く分からない気分になるすごい小説だ。でも、何回読んでも面白い。


 主人公は、ニューヨーク郊外に住む、誰にも文句は言わせない善良なアメリカの家庭婦人のレックスラー夫人と、大学を卒業して「ある職業」についている息子のジョー、そして夫人の二人の姉である。
 その四人が、メーン州フリーポートにある、L.L.Bean目指して「買い物」旅行に出かける話である。

 とにかくこの四人、生活を豊かに楽しくするのは「どんなモノを買うか」ということだと信じて疑わない人々である。
 どんなものを買うか考え適切なブランドを選びそれを買う
 そして、買い終わったらまた何が欲しいか考える

 しかし、レックスラー夫人もその姉達も、立派な仕事を持って子育てもし、家を整えという「完璧な主婦」なのである。
 明るくておせっかいで親切で、そして三人集るとものすごく賑やか。
 家族や親戚が訪ねてくると、ありったけのご馳走でもてなす気のいい婦人達だ。
 ものすごく食べることが好きなのに、しじゅうダイエットのことばかり気にかけている。そんなご婦人方だ。

 「仕事をもっていて完璧な主婦」という点は多少、過去の日本の一般的な実情とは異なるが「こんなおば様、身近にいそう」という愛すべき人達である。
(ふと思ったのだが、こういう「うるさいくらい親切で優しいおば様」は昔はいくらでもいたが逆に今は希少価値かもしれない)

 そして、余暇の過ごし方の中心は「買い物」。息子のジョーはそんな母たちに感化され、子供の頃から「最高の買い物のセンス」を身につけた男である。
 この一家においては「センスのいい買い物」は最高の誉め言葉である。
 そして「買い物上手」とは、その人の人格そのものとして尊敬の対象になる。


 この小説は、基本的には「お笑い小説」であり、全然肩がこらない。
 しかし、そんな四人の買い物談義を400ページ近く延々読んでいると、
買い物がもしかしたら嫌いになるかもしれない。
 反面教師、という月並みな言葉より、「もう買い物は結構です」という、「うんざり」という方がふさわしい気分になれるかもしれない。
 ケーキの食べ放題に行った後は甘いものは食べたくないとか、そういうレベルの感覚である。

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 「買い物依存症」ではないかと悩んでいる人にとっては、
買い物しすぎる女たちなどの「買い物中毒」を改めよ!という深刻な論調の本を読むよりは、ずっと買い物に食傷気味になるパワーは強大であるのは間違いがない。
  しかし、この「買い物しすぎる女たち」の「買い物は愛の代償行為です!」という甘ったるい論調よりは、
これいただくわのシニカルな文章の方が、消費社会の真実をついているのは間違いがない。
 そう感じるのは、私が「○○は満たされない××の代わりなのです。」などという短絡思考に懐疑的であるせいもある。
 それで議論が済まされるなら、それほど気楽なものはない。
 どうでもいい物事をやたらに複雑にするのもどうかと思うが、またそれは別の話だ。
  愛は愛、消費は消費である。
 このおば様がたの行動を読めばそれが分かる。
  
 「□□依存」「△△中毒」という言葉ほど、上に何か単語をくっつけるだけで、さまになる言葉はない。そうするといきなり、その背景にある物事の本質ではなくその上につく単語にばかり議論が集中してしまう。
 論点をずらすために恣意的に使っている人はまだしも、本気でその議論にのみ込まれてしまうのは相当まずい。
 何か、話を都合良くまとめたがる人って意外に多いものだ。
 それはそうだろう。本質などについて語り合い始めたら、往々にしてとんでもないことになりかねない。

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 それはともかく、ここまでデフォルメされていなくても、多かれ少なかれ、「モノ」を手に入れることが自己実現になっている現代人にふさわしい小説なのではないだろうか。

 それにしても、この小説を別の視点で見ると、
 これだけの酸いも甘いもかみ分けた年齢の立派なご婦人達が、
「物欲」「好奇心」の塊でいられるそのパワーはすごい。
 逆に、どうしたら、そういう風にいられるのだろう。秘訣を知りたい。

 そして実は、その小説には、心の闇(この言葉も手軽に使われすぎだ)ともいうべき重大な複線がある。
 それは、ここに書くわけにはいかないので、本書を手にとって見て欲しい。


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 この本は、アメリカ東海岸に暮らしたことのある人には、こ主人公達のお好みの店や、その地理関係が良く分かるので、その面でも楽しめるかもしれない(出版時と現在とは多少異なる面は勿論あるが)。

 在米中、車を運転していると毎朝のように流れていた地元のドラッグストアのラジオのCMのキャッチコピーが、
“You can return it!”

 それは大体こんな調子の掛け合いトークになっていた。
「もし化粧品を当店で買って気に入らなかったら、いつでも返品出来ます!」
「もし、ドレスの色に合わないって理由でも?」
「勿論、返品出来ます」
「もし、主人がアイシャドウの色が気に入らないっていう理由でも?」
「勿論、返品出来ます」
 要するに、使った化粧品でも返品できるので、安心して当店で何でも買ってください、というCMである。

 本当にうんざりするほど、このフレーズを繰り返すので、耳から離れなくなってしまって迷惑であった。
 私は返品するつもりのものをわざわざ買うのは面倒に感じる方である。
 しかし、本当に人々は、気軽に買って気軽に返品する。
 アメリカの製品は不良品が多いので、買ったら壊れていて返品せざろう得ない場合はあったが…。
 お店の人も、開封してある化粧品を、気軽に受け取る。
 勿論、再販はせずに処分するので、価格設定の段階でその値段も含まれているわけだ。
 その方が、経済活動が循環して良いとの考えなのだろう。

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 しかし、
これいただくわの話に戻るが、この本の出版は1989年。
 ところが、今読んでもあまり違和感がない。
 少なくとも、ワールド・トレード・センタービルが破壊されるまでは、本書の感覚は完全に揺るぎなくアメリカ人の中で何も変わらず存在していた。
 モノを手に入れ続け、それを捨て去り続けることがかの国の文化であった。
 それ後、同時多発テロをはさみ、少しは人々の根本的な価値観は「モノの所有」以外のものに向かいつつあるのだろうか?一時的には、全米中の人々が、そうした「心情」になったかもしれない。
 実際にそれを「体験」した地域の一部の人々や、そうしたことに特別な危機感をもつ人々の人生観は、「事件」以来変化してしまったのかもしれない。

 しかし、あの広大の国の、無数のアメリカ的郊外の町の、どの町に住んでも同じ消費が出来るショッピング・モールでは、昔と同じように善男善女が買い物を楽しんでいる。
 行動で「心」が見えるわけではないが、現在も表に表れる部分は変わっていないように見受けられる。
 
 果たして、アメリカも含めて、私達はどこへ行こうとしているのだろうか?


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