ルーカス帝国の興亡―『スター・ウォーズ』知られざる真実


二つのタイプの天才たち 
フランシス・コッポラvsジョージ・ルーカス

 
 ゴダールもヴィスコンティも日本映画も好きであるが、何と言っても忘れてはいけないのが、ハリウッド娯楽映画の不朽の娯楽大作、
スター・ウォーズだ。
 このシリーズの最初の作品スター・ウォーズ・エピソードIV新たなる希望が封切られたのは、何と1977年の5月25日である。
 今年封切られるスター・ウォーズ・エピソードIII シスの復讐 でめでたく完結編を迎える予定であるが、その発端は何とさかのぼること四捨五入すると約30年前に始まるのである。

 このスター・ウォーズの誕生の裏話を描いたのが本書である。

 スター・ウォーズの一番最初のアイデアはフランシス・コッポラ製作、
ジョージ・ルーカス監督作品である青春映画の金字塔
アメリカン・グラフィティの撮影中に端を発する。
 ジョージ・ルーカスが、黒澤明監督の
隠し砦の三悪人に構想を得てストーリーを「突然」思いつくのである。
 
 その概要は、「二十三世紀に最後に残った騎士階級が悪の帝国と戦う」というものであり、実際のスター・ウォーズの雛形は初期の段階から彼の心の中に完成していたのである。

 その時のタイトルは、「ザ・ストーリー・オブ・メース・ウィンドウ」である。
 何だかぱっとしないタイトルだ。
 何とこの時は、ルーク・スカイウォーカー将軍とアナキン・スターキラー将軍がレイア姫を護衛するという話であったらしい。
 このストーリーでは、この物語を奥深くしている「父子の関係の物語」は存在していないわけだ。
 ディズニー映画
トイ・ストーリーにもパロディとして使われている、あの有名な、
「I am your father」
というせりふは聞くことが出来なかったのだ。


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 ところが、この脚本は最初に持ち込まれたユナイテッド・アーティスツ社とユニバーサル社により没になる。
 「特殊メークやセットにお金がかかりすぎる」
 「絶対にウケるわけがない」
などの理由でである。
 この時に「メース・ウィンドゥ」を没にした男たちは、後に
「スター・ウォーズを没にした男たち」として映画界に不名誉な名声をとどろかせる結果となる。
 人生は、何が災いするか分からないのである。

 そして、最終的には、当時「会社の建て直しを余儀なくされていた(つまり勢いを失っていた)」フォックス社のアラン・ラッドがルーカスの熱意を、映画化を約束するのである。

 勿論、最終的な映画化の実現には、「アメリカン・グラフィティ」の大成功という追い風が味方したのは言うまでもない。
 しかし、ラッドはその結果が得られる以前の段階で、ルーカスの映画にかける情熱を認め、映画化を約束しているのである。
「アメリカン・グラフィティ」の成功の後だったら、恐らくルーカスの企画を 断った二社も、彼の企画を受け入れたかもしれなかったと私は思う。

 何かを決断する時には「既に認められ、受け入れられている結果」ではなく、自分の本当の判断力を大切にしなければいけない時があるのだ。

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 その後、ルーカスは、映画化までにこの物語を、練り直すことを決意する。
彼はこのSF映画を、「人間対機械」という現代文明に関わるテーマ、「信仰の復活」「善と悪」という聖書的テーマ、そして「よき父親とは?」という男性の精神的成長に欠かせないテーマを併せ持つ壮大な作品にしようと考えていた。
 それを実現するために、脚本をいくつものパターンで書き上げた。

 彼は、尊敬するコッポラから、「映画をつくるためにはまず良い脚本を書けなければならない」という教えを受けていたのだ。
そしてルーク・スカイウォーカー将軍は、ルーク・スターキラーと名を変え、
「メース・ウィンドウ」は「ザ・スターキラーの冒険」というストーリーとなる。
 そして彼は、映画全体の哲学的で壮大すぎるテーマを娯楽作品らしく簡略化する努力をし、騎士道精神のモデルとしてのオビ=ワンというキャラクターを創設する。そしてスターキラーはスカイウォーカーに戻り、アナキンの息子となるのである。
 こうして、最終的に「スター・ウォーズ」の原稿が完成したのである。
    
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 それにしても興味深いのは、フランシス・コッポラとジョージ・ルーカスの友情だ。
 この二人は、とにかく対照的なパーソナリティの持ち主なのだ。
 ジョージ・ルーカスは典型的な職人気質である。
 子供の頃から引っ込み思案で漫画が大好き。厳しいけれども教育熱心で働き者の父親のいる家庭で育った。

 彼は映画制作においても、
「なるべく映画作りだけに集中できる静かな環境」
を常に求めていた。
 ルーカスは典型的な内省的なタイプの、研究者タイプの人物である。

 フランシス・コッポラは陽気なイタリア男。
 社交的でパーティが大好き。ハリウッド特有の権謀策術をむしろ楽しみ、その中に身をおくことを好んだ。
 彼は俗なことを愛していた。

 ルーカスは夜は家で静かに過ごすのを好んだが、コッポラは多くの異業種の人と交流する場で夜更けまで騒ぐことを好んでいた。

 しかも、ルーカスの卒業したUSC(南カリフォルニア大学)とコッポラの卒業したUCLA(カリフォルニア大学ロス・アンジェルス分校)の映画学科は当時ライバル関係にあったのだ。

 UCLAはUSCの映画学科の学生を「技術ばかりの冷たい連中」とみなし、USCはUCLAの学生を「馬鹿騒ぎしているだけで映画を創るオリジナルな才能のないやつら」とみなしていたというのだ。
 何だか、二人の巨匠の性質そのものの違いである。
 水と油である。

 そんな二人の出会いは、失敗に終わってもおかしくなかった。

 ルーカスが学生だった頃、コッポラは既に映画人として名声を築き始めていた。そのコッポラの撮影現場にルーカスが現れた瞬間、ルーカスは彼を怒鳴りつける。
 しかし、その日からすぐに、二人の間には固い友情と信頼、そして尊敬が芽生えたのだった。
 その中から生まれたのが名画
アメリカン・グラフィティなのである。
 この映画の成功がなければ、恐らく
スター・ウォーズ はこの世に存在しなかったかもしれない。

 そして、
アメリカン・グラフィティは、対極的な二人の人間の友情がなければ誕生しなかった映画なのである。

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 人間は、「自分と同質な人を求める」ということが一般に知られているが、それは恐らく「自分と似通った行動パターンの人」という意味ではない。
 例え表面的に異なっていても魂の部分が近い人、互いに尊敬できる人という意味であるのだろう。
 だから、その似通った人同士というのは、表面的には全然違う人物同士に見えることもある。

 それから「聖と俗」ということに関して。
 一見まじめそうな人が「聖」で不真面目そうな人が「俗」とは限らない。
 そういう意味では、コッポラは本当に単なる俗人だ。
 しかし、コッポラが本当に「俗人」であったら、恐らくルーカスのような思索的なタイプの人は、いじめの対象とみなしていたであろう。
 しかし彼は、ルーカスの才能を一瞬にして認めた。

 逆に内省的な人は、豪快なタイプの人を「思慮が足りない」と考えて毛嫌いしたりすることがある。
 しかしルーカスはコッポラの真の人間性をすぐに見抜いた。

 同じ優れた人間として、彼らはお互いの匂いを嗅ぎ分けたのである。

 人生には、確かにそんな瞬間がある。
 これからの人生を共に歩くべき、強烈に魅かれあう人との出会いが存在し得るのだ。

 二人の天才の出会いは、そんなことを思わせてくれる。


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