悪魔に仕える牧師

 「人間は遺伝子の乗り物(vehicle)である」
 「人間の言語、文化、思想などの現象は『ミーム』と呼ばれる非物質的な遺伝子により世代間に伝えれれている」
 「進化というのはより合目的により良いものを目指しているわけではないが、だからといって自然淘汰は偶然ではない」
などのリチャード・ドーキンスの学説を目にしたことがある方は多いであろう。

  これらの学説に対しては多くの議論のあるところである。
 正直、その仮説が人類にとって何か意味があるのだろうか?と思う部分もないでもない。
 しかし、ドーキンスが現代の科学と思想に大きな波紋を広げ続けているという事実自体にに反対する人はいまい。

 
利己的な遺伝子


盲目の時計職人を始めとする著作で広く知られるリチャード・ドーキンスの初のエッセイ集が本書
悪魔に仕える牧師である。

 タイトルになっている「悪魔に使える牧師」とは、進化論の祖ダーウィンのことである。
 ご存知のように、ダーウィンの提唱した進化論は、「聖書の教えに反する」として、宗教界・一般社会を巻き込んだ大論争に発展したのである。
 どのような科学的仮説であれ、従来の倫理観に抵触する恐れのあるものは、世の中に受け入れられることが困難である、という著者の主張を端的に表すものだ。

 先日紹介した、女の能力 男の能力の著者ドーリーン・キムラは自身の専門とする「男女の脳の性差」に関して、「ある科学的事実が受け入れられるにあたって、これは社会的に問題があるからより多くの証明が必要で、これは問題がないから僅かな証明であって良いはずがない」という意味の内容を繰り返し主張している。

 勿論、医療などの応用科学の分野に脳死や遺伝子治療などの科学を取り入れるかどうかという問題に関しては、慎重を極める必要があるのは間違いがない。
 その時点では、「倫理」というのは本当に重みがある。

 しかし、そうしたこととは関わりのない純粋な学問としての科学的仮説も、社会的な同意がなければ語ることは困難だということは、正しいのだろうか?

 それとは真逆に、あくまでも部分的なものに過ぎない遺伝子の新しい発見が、「これこそがこの病気の解決法」などという誤解を生じかねないセンセーショナルな報道でとりあげられることもある。

 科学的事実というのは、それが正しいかどうかや重要であるかどうかより、それが社会的に歓迎されるかどうかによって報道価値というのが決まるという側面がある。

 こうした中で、科学的技術が応用の段階に入ったときに、真にその価値を判断する視野や知識をもつことが私達には可能なのだろうか?


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以下は本書の引用である。

「今日では、胸部X線写真が、肺癌や結核の有無を教えてくれる。2050年には、胸部X線の値段で、あなたの遺伝子のすべてについての暗号の全文を知ることができる。医師は、あなたの体の異常に対して、平均値的な人間に勧めるような処方箋を手渡すのではなく、あなたのゲノムにぴったり合った処方箋を渡すだろう。それがいいことであるのは疑いないが、あなたのプリントアウトは、あなたの人生の終わりを、怖ろしいほどの正確さで予測もしているだろう。私たちはそういうことを知りたいのだろうか?たとえ自分自身はそれを望むとしても、自分のDNAプリントが生命保険計理士、親権訴訟の弁護士、政府などに読まれることを望むのだろうか (悪魔に使える牧師 より 引用)」
 
 勿論、このドーキンスの主張は、部分的に間違っている。
 私達の人生の全てが、遺伝子で規定されるわけではないからだ。
 
 しかし、彼の投げかけた問いかけ自体は、真実を付いている。
 遺伝的事実は、疾患の発病予防に用いたり、生活習慣の改善に用いるといった有益な用いられ方をするとは限らない。

 入学試験や就職、お見合いにいたるまで、履歴書代わりにDNAの情報を添付するような時代の到来というのは、あまりにもSF的ではある。
 しかし、恐らく、ほぼそれに近いことが、私達の倫理観次第では現実のものとなる可能性があるのである。

 倫理というのは、この時点でクローズアップされるべき概念なのであろう。
科学的事実そのものに対してではない。

 私達は、科学的事実を受け入れるまでは、「今までの理屈にあわない」と疑い、嘲笑し、場合によっては葬り去ろうとする。
 しかし、一旦それを「便利なもの」「役立つもの」として受け入れたら、突然何の歯止めもなく、無自覚なままにそれを生活の隅々まで浸透させてしまう。

 「新しいものなら何でも良い」
 「新しいものは全てダメ」
という二者択一的な考えのどちらかに大きく傾いている人も多い。

 私達は、事実は事実として認めながらも、それを活用する段階においては議論を尽くさなくてはいけないのだ。
 決してその逆ではない。


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