アロマランプ 風花
 私は以前から、家でしばしば、アロマランプを使用している。
 防火の面が心配なので、ろうそくを用いるものではなく、電気で温めるタイプのものだ。

 もはや、あまりにも生活に溶け込んでいるので、あまり「アロマテラピーに凝っている」というような感覚はなかったが、そういえばいつも使っている。

 アロマセラピーの基本として、深いリラックスを得たい時は副交感神経を刺激するラベンダーの香り、勉強に集中したいときは交感神経を刺激しリフレッシュするレモンやグレープフルーツの香り、女らしく優雅な気分に浸りたいときは薔薇の香りなどを用いるようにと言われている。

 このような知識は基本中の基本で、他にも様々な香りと精神状態の作用が、専門の書籍には記載されている。


アロマテラピー―「芳香療法」の理論と実際

 嗅覚は、五感の中でただひとつ、大脳新皮質を経ずに、直接大脳辺縁系に作用する。
 匂いは、記憶に関与する海馬や、情動に関与する扁桃体を直接刺激する。
 あらゆる記憶は、五感と結びつくことによって思い出すことが容易になるが、感情の記憶は特に嗅覚と結びついている。

 マルセル・プルーストの小説、
失われた時を求めての第一篇「スワン家の方へ」で紅茶に浸したプチット・マドレーヌの香りから、故郷コンブレーの記憶がよみがえるという、あまりにも有名なエピソードが代表的なものだ。

 
風と共に去りぬの主人公スカーレット・オハラも、母の想い出は、いつも母がつけていた衣服からたちのぼるレモン・バーベナの香りと共に思い出されると語っている。
 
 レモン・バーベナはデリケートでクールな香りとされている。
 アメリカ深南部の優雅な女らしさを体現しながら、実のところは怜悧で実務能力に長けたスカーレットの母エレンにふさわしい香りなのかもしれない。

 ナポレオンの妻ジョゼフィーヌが好んでいたのは、スミレの香水だ。


ジョゼフィーヌ―革命が生んだ皇后
 
 スミレにはイオノンという香料が含まれている。
 そのため、人間の鼻は1-2分で香りを感じなくなってしまう。
 そして、1-2分待つと、また再び人間の鼻はスミレの香りを感知出来るようになるというのだ。
 つまり、ある瞬間香ったかと思うと、次の瞬間には無臭になってしまう香りなのだ。
 
 何故ジョゼフィーヌがこのようなオン・オフの激しい香水を好んでいたのかは分からない。
 恐らく、プレイガールで知られたジョゼフィーヌは、男性の心を操るためにはそうしためまぐるしい変化が必要だと考えていたのかもしれない。
 

「感覚」の博物誌によると、ナポレオンはジョゼフィーヌがスミレの香水をつけることを好んだという。
 ジョゼフィーヌと離婚して、隣国オーストリアの皇女と再婚したナポレオンであるが、彼女の死後は、その墓にスミレの花を植えたという。
 
 ナポレオンのジョゼフィーヌへの記憶も、スミレの花の香りと共に永遠に彼の心にあったのかもしれない。


最新人気blogランキング!
 ところで、私がアロマランプに用いる香りの中で、最近気に入っているのは、バニラの香りだ。
 
  それはともかく、ラベンダーに凝っていたこともあるし、バラを好んでいたり、柑橘系を中心にしていたこともあるが、今は何故かバニラの香りを心地よく感じる。
 
   ***********************

 私の場合、特定の効用を求めて、能動的にそれに相応しい香りを選ぶことはしない。
 自分のその時の気分に合わせて、適当に香りを選ぶ。
 そう考えると、逆に、その時の自分の精神状態がそこに反映されているのかもしれない。
 選んだ香りが、無意識のうちに、喚起したい感情を物語っている可能性があるからだ。

 「感覚の博物誌」の著者ダイアン・アッカーマン女史も、バニラの香りが好きだそうだ。
 彼女は、このバニラの話題を、嗅覚ではなく味覚のところで取り上げている。そうすると、私がここのところ、バニラの香りを好んでいるのは、食いしん坊なせい?
 そのような解釈は、あまりにも短絡的である気がしてならない。

 もしかしたら単にそうなのかもしれないが…。
 自己分析によると、原因は違うところにあるような気がする。
 バニラの香りを急に好むようになった理由は、何となく自分では分かっている。
 だが、それを詳しく書くのはかなりどうでも良い話になるので、控えさせていただく。
 ちなみに、バニラは安らぎをもたらす、リラックス効果のある香りのようだ。
 
 ともかく、その時々に「アロマランプに用いる香り」が、ある意味私の心象風景そのものなのかもしれない。


 
「感覚」の博物誌
 人間の五感である嗅覚、触覚、味覚、聴覚、視覚、それらが干渉しあって生じる共感覚の六つの感覚についてのストーリーを綴った本。
 科学的事実に基いたエッセイですが、著者独特の様々な詩的な表現を織り込んであります。
 そのため、私自身は、どちらかというとロマンティックな感覚に浸りたい時にふさわしい本のように思っています。
 「愛の基本は五感に基づく」と考える著者の感性が、至る所で光っています。
 
 ちなみに、最近では共感覚(synesthesia)というのは、このダイアン・アッカーマン女史のエッセイのように、「香りから手触りなどを含む全ての記憶がよみがえる」といった論調で描かれることが多いように思います。
 このように文学的に用いられるのは、恐らくこの単語にロマンティックで神秘的なイメージがあるためだと思います。
 しかし、これは厳密に言うと、単純に、ある感覚が原因で「記憶」がよみがえったに過ぎません。
 
 こうした文学的な意味合いではない、科学的な共感覚の定義は、例えば「アルファベットに色が付いて見える」、「何かを食べると形を感じる」というように、ある感覚から他の感覚が強制的に誘発されるものをいいます。
 こうした真の共感覚者は極めて稀で、10万にひとりくらいであるといわれています。
 

この書評が面白かった方はここをクリックして人気blogランキングへ投票よろしくおねがいいたします!


元祖ブログランキング ほかのブログも見てみたい!