あらゆる文化は、閉じた空間でしか発生しない
 このテーマで読書の歴史無意味が意味をもつ時などの記事を書いた。
 
 閉鎖的空間が必要なのは、文化が生まれる時のことを語っており、存続するかどうかはこれとは別問題である。

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 複数の文化が融合する様子を、
 「まるで文化のカルチャーボトルのような」と表現することがある。
 現代で、複数の文化が出会っている場所というのは何と言ってもアメリカである。
 
 過去記事アメリカ語ものがたり
 
 ところが実際の実験で使う、細菌培養の「カルチャーボトル」では、複数の細菌を同時に培養することは困難である。
 何故かといえば、細菌が爆発的に増殖する過程で、同じボトルの中の強い細菌のみが増殖し、弱い細菌は淘汰されてしまうからだ。
 人工的に加工した細菌を培養しようとして、そこにワイルド(加工していない細菌)がうっかり混ざったとする。そのような場合、最初はほんの微量だったワイルドの細菌株は、あっとい間にボトルの中の多数派を占めてしまうのだ。

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 それと同様に、文化というのは発生途上の段階では極めて脆弱なものなのだ。 
 隔離された条件でない限りは、一定の規模までは育たない性質をもっている。
 
 過去記事銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎
 

 異なる文化がそうした一方的な淘汰を受けずに、互いの良い部分を取り入れながら、モザイクのように融合するためには、相互の文化がある程度の「強さ」を持つまで育った後でなければ不可能である。
 ちなみに、「強さ」とは高尚か低俗かという「レベル」の問題ではない
 他の文化の影響を受けても根幹が変質しない程度までに育つことが存続の必要条件であるという意味である。

 文化というのは、初期の段階から大きなカルチャーボトルに入れてしまったら、強いものが弱いものを淘汰して単一の文化になってしまう性質を有している。

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 アメリカに住む移民たちの文化が、互いに侵食しあわずに融合するのは、それぞれの家庭や○○タウンと呼ばれるゲットーの中で、それが守られた存在でありためだ。
 その基盤から、少しづつそれぞれの文化が流出しからこそ、他の文化と融合しあうことが出来るのだ。

 文化とは、特に初期の段階では、ある意味アンダーグラウンドな性質をもつものであり、キッチュな存在なのである。
 文学にしろ絵画にしろ音楽にしろ、過去の多くの文化は、抑圧された心理に基づいて発生している。もしくは閉塞した状況において、精一杯美しいものを創造し、日々を楽しもうというたくましい感情が基盤になることもある。
 ひっそりと咲く花といった存在なのである。
 その時点では、それを守り育てる人はある意味、「特別な嗜好をもった人」と見なされるのである。
  
 初めは後ろ指をさされるような存在だった狭義の文化(≒サブカルチャー)は、それが普遍化した段階になって始めて、容認された存在として万人が認識するようになる。
 
 その前の世代までは否定されていたマイノリティの価値観が、次の世代では社会の趨勢を占めるようになるわけである。
 その段階に至って、「サブカルチャー」は広義の意味での「カルチャー」と認められるようになるのである。
 逆に、いったん公認された文化は、どのようなおかしなものであっても否定されることがなくなる
 その時代の多数派を占める「道徳的な人」によって強力に推進される社会的価値観になるからだ。
 
 いつの間にか、支配と被支配の関係が逆転するのだ。


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 以前から続く、人間の感情や意識は全て後天的な価値観によって形作られるという考えの反動から、人間は根源的な情動を主体に生きているのであるという理論が流行した。

 過去記事生存する脳 心と脳と身体の神秘
 無意識の脳 自己意識の脳

 勿論人間には、そのような社会的価値観とは無関係な、根源的な倫理観を有している。
  
 過去記事感情の科学 
 エモーショナル・ブレイン 情動の脳科学
 
 普通であれば、人間の根源的な情動に嫌悪感を催す種類のアンダーグラウンドな文化は表には出ない。
 消え去ってしまうか、永遠に表の社会には出ないまま存在し続ける。
 人間には、そうした優れた「身体感覚」が存在しているはずなのである。
 
 ところが、そうした本来は不快な感情を催しかねない、本来は泡沫的であるべき文化が、人間の不安や恐怖といった根源的な情動に働きかけることによって、メジャー化してしまうこともある。
 こうしたものの過去の端的な例は、ファシズムの台頭などであろう。
 こうしたことを防いでいくためにも、こうした人間の根源的な「無意識の」価値観について、より多くの人が理解をすることは、やはり極めて重要である。

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 現代では、かつてはつながることがなかった少数意見も、ネットの社会で「仲間」を見つけることが出来る。
 かつては、いつまでもひっそりと存在して続けたはずの文化が、堂々と表に出ることも可能である。
 それ自体は、利点の方が大きいと思う。
 全てが白日のもとのさらされることで、誰かが誰かを虐げることなど、もはや不可能になるかもしれないのだ。
 
 しかし、こうしたことは両刃の刃である。
 人間の負の感情を惹起するような文化が簡単に勢力をもち、いつの間にか、私達の心を蝕んでしまうことも可能になってしまったのである。

 勿論、私が言いたいのは、「少数意見がまとまることは危険だ」
などという意味ではない。
 こうした物事には光と影があり、多層的に考えていくしかない性質のものである、ということが言いたいだけだ。
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 人間の心の仕組みを考えると、より優れて生産的な文化が、世の中を支配するとは限らない。
 よって、「表に出ない文化が全て不快なものや劣ったものである」とか、「表に出ているものが全て優れたものである」とは限らない。
 メジャーかマイナーかは、本質的には文化の優劣を意味しないのだ。

 私達の多くは、「この世を今後支配すると思われる」時代の空気に敏感にすり寄りながら生きていってしまうのだ。
 
 「自分こそがこれからの時代の権力者である」という印象を多くあたえることが出来る人間(もしくは国家)とその文化が、いつの世もその時代の覇者になっているのだ。
 過去記事:ドキュメント 戦争広告代理店―情報操作とボスニア戦争

 私達は、「りんごは赤い」というような一次的表象の世界ではなく、「彼(女)は『りんごが赤い』と信じている」と考えるような、メタ表象の世界に生きていることを忘れてはいけない。
*注
 一次的表象:事実を認知する力
 メタ表象:一次的表象の次の段階。誰かの心の中にある表象を推測するような認知。

 過去の歴史上、世の中を支配するというのはある意味「他人のメタ表象を支配する」ことと同義語であり続けてきたのだ。

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 このように、文化の特異性は、発生の過程では、ある意味閉鎖性の賜物である。
 異文化の交流は、ある程度相手の文化に組み込まれない段階まで独自性を有した段階でしか存在し得ない
 幼若な段階での文化が、完成した文化に出会った時は、跡形もなく飲み込まれてしまう可能性が大だ。
 
 しかし、私は、文化の閉鎖性を称えるためにこの文章を書いているのではない。
 むしろ逆である。
 いくら「閉鎖性が文化を生む」からと言って、その目的のために、一部の人を抑圧して閉鎖的な状況に押し込めておけば良い、などとは決して思わない。
 ましてや、文化の独自性を保つために、物理的もしくは精神的な鎖国、ましてや他国への攻撃をすることが良いなどとは絶対に思わない。
 
 だだ、独自の文化の矜持を保ちつつ、他の文化と共存していくかということを考える上で、こうした厳然とした事実を知ることが必要だと思うだけである。
 
 発生の段階はともかく、ある程度の規模に育った文化は、他の文化と交流することで更なる発展を遂げることが出来る。
 これらの閉鎖と開放を、絶妙のタイミングで行ない得た文化だけが、現在の地球上に現存し得ているのだ。
 文化が融合しあうということは、異なる文化同士の力関係の絶妙な均衡のもとに成り立っているのだ。

 過去の戦争は、文化の独自性を保つために、閉じた空間を維持しようとして起こってきたという側面もある。もしくは、優位な文化を有していると信じている側が、劣位と見なした文化を飲み込もうとして起こる場合もある。
 そこに至らないようにするためには、逆にこうした仕組みを理解することが大切であるかもしれないのだ。

 私は、個人的には個人レベルの話では、「オープン・マインド」の支持者でる。
 武力を有することにも、どちらかというというと心情的には懐疑的だ。
 それは、もしかしたら私の女性性のゆえんかどうなのかは自分では分からない。
 
 過去記事テストステロン

 しかし、こうした開かれた心で生きていけるということ自体がある種の精神的贅沢であることを、私は理解しているつもりだ。
 
 私達が、開かれた思想のもとに他の文化の利点を享受できるのは、過去の時代にきちんとした文化的基盤が築かれた、この場所に生きているがゆえなのであることは間違いがない。


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