ロミー・シュナイダー事件

 「しかし、自分自身や身近な人間に対する認識に至る道は、気が遠くなるほど遠いのです」(ロミー・シュナイダー事件より引用)

 ロミー・シュナイダーは、極めてヨーロッパ的な、年を重ねるごとに美しさが増すタイプの女優である。
 ちなみに、彼女は、一般的な意味では美人ですらないが、それでも魅力的な女性であることは間違いがない。
 その「理由」は何であろうか?

 彼女は、オーストリア皇后エリザベートを生涯に二度演じている。

 まだ十代の頃に、皇帝フランツ・ヨーゼフと知り合う頃の若き日のエリザベートを演じた「プリンセス・シシー」により彼女は、オーストリアの国民的アイドルになる。
 この時の彼女の写真が本書に収められているが、「愛くるしい」としか言いようのない、清楚な魅力にあふれている。


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 二度目は、ルキノ・ヴィスコンティ監督の名画「ルードウィヒ 神々の黄昏」でバイエルン王ルードウィヒ二世の従姉であるオーストリア皇妃エリザベートを演じたものである。
 ロミー・シュナイダーが颯爽と馬にまたがって登場したシーンの、落ち着きと貫禄に満ちた大人の女性の美しさは、本当に圧倒されるばかりである。

 実のところを言うと、私が彼女の存在を知り、興味を抱くようになったのは、この「ルードウィヒ」を観たことがきっかけであった。
 そのくらい彼女は、圧倒的な存在感をこの映画の中で放っていた。

 「ルードウィヒ」の物語の縦糸のひとつとして、「ルードウィヒ二世のエリザベートに対する報われない思慕」というのが存在する。
 ルードウィヒ二世は、芸術を理解する繊細な青年であったが、退廃的な生活の果てに若くして健康を害し自らの命を絶つ。
 その遠因となっていうるのが、エリザベートに対する決して許されることのない愛である。
 この時のロミー・シュナイダーは、本当にそうした役柄にふさわしい成熟した魅力を身につけていた。

 ルードウィヒを観るたびに、私は何となく
エイジ・オブ・イノセンス
を思い出してしまう。

 恐らくその理由は、これらの物語のテーマが「報われない愛」という共通項をもつためであろう。
「報われない愛」といってもメロドラマ調ではなく、抑制の効いた大人の女性の存在が光るという点もふたつの映画の特徴であろう。

 報われない愛に対するそれぞれの映画の主人公の男性たちの行動の対比は興味深い。
 「エイジ・オブ・イノセンス」の主人公である弁護士ニューランド(ダニエル・デイ・ルイス)が、幼なじみの伯爵夫人エレン(ミシェル・ファイファー)への報われない愛を胸に秘めながらも、「清純な」婚約者メイ(ウィノナ・ライダー)結婚し、まっとうな人生を歩む。
 それに対し、エリザベートに憧れるルードウィヒ(ヘルムート・ラング)は破滅的な人生を歩むのだ。
 

 話がそれたが、これらの二つの映画を観るたびに痛感することは、女性というものは、変化しつづけなければ魅力的ではいられないということだ。
 幼さへの執着は、大人の女性を醜くさせるのだ。


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 自分のことは脇に置いて発言させていただくが、この国では、成熟を拒否している女性達の比率が中々減らない。
 というより、「幼さ」とはもはや当たり前の状態であり、自らが幼さを必死に模しているということを、私達は気づいてもいないのではないだろうか?

 素っ頓狂な声、群れをつくる行動、これらは全て「つがいをつくる年代」には、ある程度は忘れ去られているはずの行動である。
 つまりは、「大人になる」ということは、女性の魅力の点で、あまり価値がないと見なされているのだろうか。

 過去記事:表参道のカフェでマン・ウォッチング


 勿論のこと、女性達がこうなってしまう原因が、女性の側だけにあるとは決して思わない。
 一般に(私はそうは思わないが)、「日本の男性は女性の幼さ(若さとは厳密には異なる)を好む」といわれていることが女性達の潜在意識に何らかの影を落としているのかもしれない。

 しかし、そろそろ悪循環を断ち切っても良いのではないか。
 「誰かが悪いからこうなった」というのは、反抗期の子供の弁解術のようであり、あまりにも自分の人生を無駄にする行為である。


 
ロミー・シュナイダー事件

 彼女の人生は、今日的な意味では、極めて女優的な人生である。
 しかし、「女優」にとって「イメージ」が大切であった当時においては、彼女の生涯は、きわめて破天荒な生きかたであると見なされていたようだ。
 恐らく彼女を美しくしているのは、彼女の人生そのものであったのだろう。

1938年オーストリア、ウィーン生まれ。
1955年に演じたオーストリア映画「プリンセス・シシー」で一躍、オーストリアの国民的アイドル(理想の娘、恋人、“お嫁さん”にしたい女性ナンバーワン)に座に躍り出た。その後、数多くの映画に出演し十代のうちに世界的な名声を築く。1958年フランス・イタリア合作映画「恋ひとすじに」でアラン・ドロンと共演し、恋に落ちる。オーストリア生まれの彼女は、恋人アラン・ドロンを追ってパリにやってくるが、やがてアラン・ドロンとは別離を迎える。1966年、オーストリア人俳優ハリー・マイエンとの結婚し、息子ダーヴィトが誕生するが、ハリー・マイエンとは離婚。1972年には、ルキノ・ヴィスコンティ監督「ルードウィヒ 神々の黄昏」で大人になったプリンセス・シシー、つまりオーストリア皇妃エリザベートを演じる。この映画で、「ヴィスコンティの恋人」であった俳優ヘルムート・バーガーとロミーは、生涯続く固い「友情」に結ばれることになる。1977年には年下のダニエル・ビアシーニと結婚、娘サラが誕生。しばらく幸せな生活を送るが、自身の財務担当ロラン・ペタンと交際するようになり、ダニエルとも破局、離婚係争となる。ところがその最中の81年には、長男ダーヴィトが事故死。長男ダーヴィトは、ダニエル・ビアシーニを父と慕っており、ロミー以上にビアシーニも衝撃を受けることになる。しかし、その長男ダーヴィトが死亡した時に、ロミーを支え、その葬儀を取り仕切ったのは、今や良き友人となったかつての恋人アラン・ドロンであった。その翌年の1982年にも、自身も43歳で死去。死因は腎疾患とも言われているが、いまだに不透明な部分も多い。複雑な人間関係の渦中に死亡した結果、彼女の死後は、その遺産を巡って相続問題が発生することになる。その点も、死因に対して多くの説が浮上する原因のひとつとなった。

 個人的には、こうした「波乱万丈な」人生よりも落ち着いた人生に魅力を感じないでもない。しかし、彼女の人生は、「自らを理解し、相手を理解する」ということを求め続けていたことは間違いがなさそうである。恐らく、そうした心の陰影こそが、映画でみる彼女の美しさにつながっていることは間違いがなさそうである。


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