より成熟した社会では、
 人々が「形にならないもの」を求めることは間違いがない。
 つまりは「付加価値」である。

 いわゆる「ブランド」とは、「付加価値」が一種の記号としてプラグマティックに成立たものといえよう。


 ブランドと中身の関係は、大雑把にいうと以下のような分類をすることが出来る。

 .屮薀鵐瀕呂發△蝓内容も伴っているもの(名実ともに価値が高い)
 ▲屮薀鵐瀕呂呂△襪、内容が伴っていないもの
 ブランド力はないが、内容は優れているもの
 ぅ屮薀鵐瀕呂眛睛討睥瑤辰討い襪發


 この「ブランド志向」の対象には、衣類や電化製品などのモノだけではなく、教育や医療などの広い意味でのサービス業も含まれる。
 究極的には恋愛や結婚などのごくパーソナルな事柄にまで、こうした志向性を極めて重視する人も多い。

 
 ,文句のつけようがなく素晴らしくい論外であるのは勿論であろう。
 ところが、よりも△魑瓩瓩訖翰をもつ人というのも実際のところ多く存在する。

 「自分ならでの付加価値」つまり判断力にいま一歩自信がもてないとき、人々はわかりやすい記号であるブランドに、ある意味「間違った形で」走ることになる。


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 つまりは、極度に「ブランド志向」な考え方をする人々の存在である。
 中身よりもブランド力の方を重視する生き方といっても良い。
 例え中身がなくても、
 場合によっては中身がないどころか、
ノーブランドのものより品質が劣っていても、
「記号としてのブランド」の方を選択する人である。

 皮肉な言い方をすれば、商売をやる側にとっては、
これらの人々は極めて「優良な顧客」といえるのかもしれない。


 ところがこうした志向性をもつ人々の満足度というのは、
ノーブランドで優れたタイプのものを手にしたときよりも、
心理的な満足度を満たす△鮗蠅砲靴燭箸の方が明らかに大きいのだ。
 そうした意味では、何が正しくて間違っているか?ということは一概にいえない問題であるのだ。

「自信がもてない理由としては、
生まれながらの気質や生育歴などにより形成された
個人のパーソナリティの問題に原因を求めることも出来る。

 *不安要素が強いか(コンプレックスが強いか)
 *自分の視点より他人の視線を気にするか(見栄を張りやすいか)

 *生育歴(どのようなことに価値観を基盤とする環境で育ってきたか)

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 それ以外に、教育や医療などの人生のおける重要な事柄に対するサービス業におけるブランド志向などにおいては、
「究極の安心感を求める心理」
 が働き、実のところは多くの人がブランドに走りがちなジャンルである。

 その場合、本来,それが無理ならの方向に行くのが理想なのだろう。
こうした重要なジャンルほど、社会全体としては△離法璽困多いというのが人間というものなのだ。

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 その真逆に、一切の「記号的な意味」に騙されずに、
常に内容を厳しく吟味する人というのも一定数存在する。
 自分の価値観と選択に自信をもっていたり、非常にナチュラルなパーソナリティをもっていたり、純粋だったりする人々だ。
 そうした人が行き着く先は,である。

 
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 ところで当たり前であるが、
実のところは、本来は「ブランド」というのは、記号が先に成立した存在ではない。

「内容が優れている」
と人々が下した評価により形成された、
いわば「高評価の総和」の歴史的積み重ねから成立したものなのだ。

 それが証拠に多くのEなもの(ノーブランドだが価値の高いもの)は、
時間とともに,乏幣紊欧気譴討い。
 そして多くの◆淵屮薀鵐媛礎佑呂△襪内容がないもの)は、
将来的にはブランドとしての価値と求心力を失う運命にあるのだ。

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いずれにしろ、
「ブランド志向」
「ブランドの否定」
 これらはいずれも、形にならないものを求める人間の心理の別の側面の表現型ともいえるのだ。
 多くの人が真に求めるのは,任△襪里世蹐Δ
「妥協点をどのあたりに求めるかという点に個人差が出る」
という考え方も出来ないことはないわけでる。


 ともかく、現代人が求めることはモノそのものではないということに変わりはない。

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 ところで、その付加価値の求め方がよりマニアックな方向に向かうと、
「ブランド」つまり、分かりやすさの否定になる。

 時代が成熟し、より個別的な人生のあり方が許容されるようになった時、
「一見ブランドに見えないブランド」
「誰も知らないブランド」
などのよりマニアックな方向でこれらの心理を満たす人もみられる。

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 こうした複雑な「付加価値を求める心理」を満たすことこそが、
現代社会を生き抜く鍵なのかもしれない。

そして自分自身の心の平和のためには、
「形骸化した記号」としてのブランドに振り回されない、
確かな価値観が大切であるともいえるのだろう。


ブランドの世紀
 何故人間はブランドに価値を見出すのか?
 モードの歴史という視点からその謎を論理的に分析した名著。
 教育や医療などの形にならないサービス業に対しても、人間は同様の志向性をもっているということが浮き彫りにさせてくれる本である。
 
 モノはどうやって「伝説のオーラ」をまとうのか?
 そのことを考えてみるには最適の本であろう。


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