テレビは殆ど見ない小枝ですが、家族のお付き合いで今日、「ナースマンがゆく」というドラマを観ました。

 観たことがない方のために簡単に解説すると、このドラマは、元々は完全に女性の職場であったナースの世界で働く男性看護師が主人公のドラマです。
そして、このドラマの中には、元々がほぼ男性のみの職場であった製薬会社の医薬品情報提供および営業担当(いわゆるMR)として働く若い女性が登場します。

 付け加えると、女性が激増しているとはいえ、まだまだ男性中心社会である医師に関しても、このドラマでは男女両方がいます。
つまり、このドラマの見所は、従来、片方の性別で占められていた職場に、他方の性が参入することによって起る新鮮な発見や、時に生じる軋轢、そして変化であると私は思います。

 ドラマ全体は軽いコメディタッチのもので、老若男女、家族一緒に、あんまりそういうことは考えずに、気楽に観られます。

 しかし、中々どうして、従来女性のみの職場に黒一点(?)の立場で奮闘する男性vs従来の男性中心社会の中で壁にぶつかる女性の対比という視点で観ると中々面白いのです。

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 その中に、こういうシーンがありました。
 その製薬会社の若い営業担当の女性が、営業に来ていた病院の廊下で、他のライバル製薬会社の営業担当(もちろん男性ばかり)達に取り囲まれ、

「女はいいよね。色々な手が使えて」

といじめられるシーンです。彼女はその後、
「やっぱり男性ドクターに売り込むには、女性が得だよね」

 彼女は、彼らからそうも言われてしまいます。
つまり、病院のドクターは男性が多いので、女性だったら色気が使えるのに、それが使えない自分たちはわりを食っているといって男性営業マン達が嫉妬をするシーンです。
 
 女性の皆様、
「経験ある!ある!」
とこぶしを握りしめていませんか?
 男性の皆様、
「まったく、そうなんだよ。女は得だよ。俺もそう言ってやりたいよ」
と、うなずいていらっしゃいませんか?

 大体において、若く美しい女性がちやほやされるのは、その人が秘書的アシスタント業務をしていて、男性と競合しない場合に限ります。いったん同格のライバルとなったら、若い女性ということは、男性達からむしろうとまれる材料となります。

 こういう男性は、
「女は得だよね。色気を利用できるから」

という発想はあるけれど、

「男は得だ。何しろ、男というだけで信用されるのだから」

 という大きな利点が自分にはあることを知りません。
 そして一般には女性が色気を利用できることの利点?より男性が男であるという信用を利用できる利点の方が、はるかに大きいのです。実のところ、職業生活上、若い女であることが有利に働くことはめったにないのです。
 
 そういう時には、
「あんたこそ、男だってことを利用して信頼を集めるなよ!」
と言ってやりたい女性キャリアウーマンの方も多いでしょうが、まあこらえて下さい。

 それから、ドラマの中にはその若い営業の女性が、お酒を飲みながら、
「男が多い職場って色々あるのよ」
と愚痴るシーンもあります。

 現実問題として、そうした「男性からの嫉妬」で悩んでいるキャリアウーマンの女性はとても多いと思います。そのパワーといったら、女同士の嫉妬などの比ではない、恐ろしいものがあります。
 男性中心社会で生きている女性は、皆さんこの意見に頷いてくれますが、男性の前では立場を悪くすることを恐れて絶対に口にしないのです。

 実のところ、女性が職場を離れる理由のかなりの部分が、そうしたことに疲れてしまうせいだとも思わるのえです。その結果、「女は継続性がなく、育てても仕方がない」という評価をもらい、何だか堂々巡りするばかりで、本当に社会資源の大きな損失としか言いようがなく、生産性ゼロです。

 本当は、男性からちやほやされている位では職業人としては全く相手にされておらず、こうして嫉妬されるようになったことが同じ土俵にたった証拠なのです。
 でも、当の本人からしたら「若い女性である」という、自分では変えられようのない事実を攻撃されるのですから、落ち込みもひとしおでしょう。
 人間には個性というものがあります。性別はその個性の一つ。そのことを理由にあれこれ批判されても困るというものです。

 ちなみに、元祖キャリアーウーマンの我が母は、
「あら、昔からそんなのはあったわよ。昔はもっとひどかったわ。みんながひれ伏すような神々しい美人ならいいんだけど、ちょっと可愛い普通の女子程度だと、一番いじめられやすいのよ。ブスなら気の毒がられて、何も言われないけれどね、その代わり相手にもされないわ。」
とさらりと言っていました。

 もっと困るのは、これとはちょっと違うのですが、もう少しレベルが高く賢い男性だと、「若い女性に目をかけると、何かあるのではないかと怪しまれる」から、「君子危うきに近寄らず」で仲良くしないでおこうという風に避けられてしまうことも案外多いことです。

 何か、小学生の男の子が
「女子と仲良くしてると仲間からからかわれるから、口きかないでおこう」
と避けるのと次元が変わらないような気もします。
 でも、実際、こうした理由で、女性と職場で親しくしたり目をかけたりするのを避けている方は結構います。確かに女性が成功すると、あれこれ悪い噂がたちますから、男性の側としても、ちょっと頭のいい人なら、それに巻き込まれるのはごめんだというのは良く分かります。

 とかく、色々な理由で、女性は、男性社会の中で孤立しがちです。
 今まで学生時代、どれほど明るく協調性があった女性でも、キャリアの階段の途中で必ずそういう経験をするのです。
 
 女性として仕事を続けるということは、仲間はずれによる孤独に耐えるということです。つまり、女性は、組織の中で、インサイダーではなく、どこかアウトサイダー的な浮いた存在になりがちなのです。

 しかし、それを逆手にとって、自分を見つめなおしたり、勉強をする時間をとったりすることが出来る冷静さと持続力があれば、本来、徒党を組まなくてすむということは大きな利点なのかもしれません。
 しかし、多くの女性は、なんとも形容しがたい、まるで真空地帯に来たような感覚に耐え切れず、職場を去ります。

 女性が、チームに対して帰属感を味わえるチャンスが少ないのは、いまだに事実でしょう。

 では、女性としてそうした荒波をはねのける方法はなんなのでしょう。
 ひとつは波にさからわず、波に乗れ、ということでしょう。
 特に年齢がまだ若い場合、女性はそこにいるだけで男女を問わず、相手の心を明るくするという利点があります。そこがライバルにとっては嫉妬の対象になる所以なのでしょうが、そこをポジティブに捉えるということがひとつ。
 これは色気を利用することと違い、自分をあるがままに受け入れるということです。その違いは、分かる人には分かると思います。
 批判をかわすために、一生懸命、自分の女性としての部分を抑圧して、妙に男っぽい、時に下品なキャラを演じる人もいますが、何だか痛々しい感じすらします。

 「色気を故意に利用する」方が賢いんだよ!という半分皮肉めいたアドバイスを男性からもらうこともあるでしょうが、それはお勧めできません。
 利用したとしても、それと同時に揺るぎない実力を身につけ、年齢とともに変化し続けられるくらい賢い女性ならそれもひとつの方法(?)かもしれません。
 しかし、なかなかそうはいかないもの。
 どうしても、人間は強力な武器があると、他の武器を磨く余裕がなくなってしまうものです。そうすると、ある年齢から「何もない自分」になってしまいます。
 そうした方策をとると、ある程度の年齢になってから、自己像のゆがみというか、年をとることの恐怖感と、自分より年下の女性への嫉妬といじめに走る醜い人間性を身に付ける結果になりかねないのです。

 次に大事なのは、外野の声を気にせず、淡々と結果を出すということでしょう。男性も馬鹿ではないので、誰も文句を言えない成果を出す頃には、嫌味を言わなくなるものだと思います。そこまで来る間が辛いものですが、バッシングはひたすら気にしないようにするしかありません。

 それから、外野のいじめを気にしすぎて、過剰な努力をしすぎて燃え尽きてしまわないようにすることも大切です。これがある意味、最も難しく、自分の人生の質に直接的に関わってくる部分です。
 努力はあくまでも淡々と、目的をしぼって、自分のためにするものであり、周りからの評価を向上させるためにするものではないと割り切るしかありません。批判され続けても、そこに留まり続けて結果を出せば必ず報われます。
 しかし、矛盾しているようですが、長く続けるためにも、極端な無理は禁物です。現代人のうつ病や各種ストレス性疾患の増加には、この辺に問題があるのだと思います。
 それに、突き詰めれば、所詮職場は職場。
 命をとられるほどに自分を捧げてどうするの?という冷静さは、最終的には失いたくないものです。これは、投げやりさや無責任さとは違う人間としての最低限の常識の部分での心身の健康を守るという意味合いです。
 このあたりは、男女共通の真理だと思われますが。

 簡単にいってしまうと、あんまり気にしない!受け流す!ということしか、今のところ良い方法はありません。しかし、自分がひとまわり大きくなれば、それが出来るようになるものです。私は、その点まだまだですが、職業婦人の大先輩達を見てそう痛感します。

 それから、おせっかいですが…。
 女性の皆様、仕事がうまくいっているのは、確かに自分の実力かもしれません。決して女性だから優遇してもらったわけではない!という気持ちがあるのは当然です。そのことに誇りをもつことは大切です。
 しかし、他人は往々にして、そうは思ってくれないのです。
 とにかく成功している時は、年齢が若い時ほど、こうした周囲の男性の鬱積した心理を良く理解し、謙虚にふるまいたいものです。
 普通にしていても傲慢に思われるのです。
 「実るほど頭をたれる稲穂かな」です。
 キャリアが築かれ始めてからは特に注意が必要だと思います。
 これは、今まで多くの男性の社会人のプロが心がけてきた社会常識なのです。圧倒的なパワーをもつ、「若い女性」という美点に同期の男性が脅威を感じている心理を思いやることは大切なのです。
 必要以上ににへりくだるのも、相手を馬鹿にしているようで、かえって妙なものです。今までどおり、自然体で頑張り屋の自分でいればいいのだと思います。でも、成功した後は、それが案外難しいものだと肝に銘じたいものです。
 


 本来、女性に向いている職業としては、才能があればクリエイティブな仕事、そうでなければ技術職、もしくはビジネスであれば独立自営だと思います。
 もし、どうしても組織からはじきとばされてしまうなら、そうしたことを目指すのが一番良いのかもしれません。

 まだまだ日本では、組織社会の中で生きるには、女性というだけで浮いた存在になってしまいがちです。その中で自分を見失わないためにはかなりの精神力が必要です。
 能力だって、男性の10倍位ないと評価してもらえません。
 上に立ったら立ったで、部下に注意するのも、男性よりもかなり気をつけて行なわないと、「ヒステリック」という評価を下されてしまいますから、EQの点でも男性の10倍位高くないとやっていけないのが組織の中での女性というものなのです。

 でも、そうした厳しい環境から、自分を守ろうとして、ゆがんだ人間性を身につけてしまっては元も子もないのです。自分を見失わず、どんなに忙しくても、ゆとりある気持ちで過ごしたいものです。気持ちにゆとりを持つには、逆説的ですが、仕事の内容自体に夢中になれるかどうかを自分に問いかけてみることが大切です。好きなことをやっているという気持ちが、多忙な毎日の支えになるのは男性も女性も変わりありません。
 これは私自身の戒めとして、いつも肝に銘じています。

 そうしたことに気付いている女性達の間で、「資格」がブームです。
 はっきり言って役に立つ資格と立たない資格があるので時間とお金を無駄にしないようにして欲しいとは思いますが、ともかく、女性は組織に向かないという事実に皆が気付いており、揺るぎない自分を確立したいという気持ちが強い表れなのでしょう。

 女同士、男同士などの同性同士だと、相手の人間性は、比較的簡単に分かりますが、異性同士だと相手の人間性を推し量るのが極めて困難です。
男女が一緒に働く上での多くのトラブルは、根本的にはそこから始まっています。
 男性に同情するとすれば、相手の女性が色気を利用するタイプなのかそうでないのか、男性に見抜くのがまず不可能という点にあるでしょう。故意に色気を利用するしないという点に関しては美人・不美人ということは関係なく、純粋にその女性のパーソナリティによります。

 異性同士が、職業人としてお互いに信頼を築くには、はっきり言って、同性同士とは違って長い時間を必要とします。
 私自身、女同士ならすぐ分かってもらえることが、対男性だと、誤解の連続になってしまうということばかりです。
 男性の皆様も、もしかして同じ気持ちでいるのでしょうか?
 
 でも、不思議に一年以上たつと状況は必ず改善します。
 元々仕事人間な男性達、「使えるな」と思われれば、最後はしぶしぶでも認めてくれます。

 男性にとっても、異性としての魅力により生じる誤差を取り除いて、冷静に相手の能力を評価するというのは、いわば、自分の本能に逆らう行為です。
 異性の仕事仲間は恋人や妻ではないのです。お互いにプロ意識をもった割り切りで、大人の対応をするしかないのです。
 女性達は長いこと、男性社会で生きていくためにそうやってきました!
 今度は男性の番です。

 「異性としての魅力により生じる誤差」というのは、必ずしも魅力的だから高く評価するというような単純なものではなく、魅力的だからライバルとして貶めようとするというような場合も多いということを知識として知っておくだけだけでもいいのです。

 プライベートな場と、オフィシャルな場は違います。
 男性の皆様は社会人のプロを自覚していらっしゃると思います。
 今、個人的な自分の感情と公的な立場を区別して、「我慢して」女性と接する時代がやってきました。
 いままでのように、アシスタントしての女性だけでなく、ライバルとしての女性という新しい立場の女性が職場に参入してきたことにかなりの戸惑いを感じている方は多いことでしょう。そうした男性のとまどいは、そうした女性を憎むという行為に走りがちです。    
 たとえ不本意でも、彼女を憎んでいても、それを露骨に示してはいけないのが職場というものなのです。

 男性同士なら、相手が納得のいかない出世をしても、顔で笑って「おめでとう」というのに、相手が女性だと捨て台詞を平気で言うというのはいかがなものでしょう。
 男性同士なら、本音を殺して建前で喋れるのに、相手が女性だと本音が顔を出してしまう、ということ自体が「相手を重要人物だとはみなしていない」という心理の表れなのです。

 体に触れるというような露骨な「セクハラ」に関しては、啓蒙活動の効果が大分出てきたのか、昔に比べて本当に減ってきたように思います。
しかし、こうした根源的な人間の深層心理に基づくトラブルは一朝一夕にはなくならないと思います。

 それにしても、不思議と能力の高い男性は女をいじめるというような行為はしません。こうした行為に走るのは、地位の高低に関わらず、中途半端な実力の持ち主の男性ばかりです。

 ストレスというのは、往々にして弱い立場、少数波に向かうのが世の条理。
こうした「男性の女性に対するいじめ」というのは、男性が日本の組織社会の中でいかに閉塞感を感じているかの現れでしょう。

 「いじめ」というのは、そうした鬱屈した感情のはけ口なのですから。
これらの、男性の置かれている行き場のない不透明感が満ちている状態を改善しない限り、この手の問題は改善しないことになります。

 
 女だから、可愛いから、能力が低くても一緒に働く!でもなく、
 女だから、生意気だから気に食わない!でもなく
 ニュートラルな視点を男性がもつためには、通常、かなりの教育と訓練が必要です。
 何しろ、人間はほっておくと、原始的な脳の部分で思考してしまうのですから。

 働き続ける女性が増えてきた今、これらのとまどう男性達に対して、新たな教育の機会を設ける必要が、これまでになく高まっていると思います。

 考えてみれば、ナースマンのように、男女の仕事がどんどんボーダレスになり、終身雇用制も崩れている今、男性にとっても、ただただ集団に属していれば済む時代は終わりました。

 男性も、これからは、ある意味、今までキャリア女性が味わってきたのと同様の孤独を味わう時代がやってきました。
 そういった孤独の中で自分を見失わない力は、両性に必要なのかもしれません。

 そして、これからは、集団から相手にされないことこそある意味で「チャンス」と言える時代であるのかもしれないのです。


このドラマは原作
ナースマンがゆく
があります。
以前、本屋さんでぺらぺらとめくっただけなのですが、読んでみたくなり、早速注文しました。

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